2022 Fiscal Year Research-status Report
環南シナ海・インド洋海域が育む近世螺鈿の諸相と貝文化圏の構想―シェルロード
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19K00208
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Research Institution | Mokichi Okada Art and Culture Foundation (Curatorial Department) |
Principal Investigator |
内田 篤呉 公益財団法人岡田茂吉美術文化財団(学芸部), 学芸部, 館長、業務執行理事 (00426438)
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Project Period (FY) |
2019-04-01 – 2024-03-31
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Keywords | 環南シナ海インド洋 / ヤコウガイ / ベトナム螺鈿 / タイ螺鈿 / 同位体分析 / 木地螺鈿 / ストロンチウム / ネオジム |
Outline of Annual Research Achievements |
本研究は、日本からヨーロッパへの航海路上の東南アジアの螺鈿工芸に焦点を当て、螺鈿の伝播と貝の交易を通して、環シナ・インド洋海域における近世螺鈿の諸相と貝文化圏の生成のプロセスの解明を目的とした。 第1期はタイ・ベトナムの螺鈿作品とその技法の調査を進めた。本調査の過程において、ベトナム・フエ宮廷古物博物館所蔵の螺鈿漆器の3点がグエン朝(1802~1945)王宮に伝来し、その制作時期と王族の使用者が判明するためベトナム螺鈿の基準作例となることを見出した。本年度は同館館長フン・ティ・アン・ヴァン博士と内田篤呉は、作品に関わる王室会議資料の調査と技法の解明を進めて、その結果を漆工史学会誌に発表した。特に新知見としては、ベトナムの木地螺鈿が当初より木地螺鈿として制作されたものではなく、作品の中には黒漆地螺鈿を木地螺鈿に改変したものがあることを報告した。 研究協力者・高田知仁(タイ・サイアム大学)はタイの諸寺院に設置された螺鈿扉に注目して、それらの螺鈿模様と制作年代の考察を通して、ラーマ1世からラーマ3世における螺鈿扉の伝統的主題と文様形式の変遷を明らかにした。これら2本の論考は『漆工史』第45号(漆工史学会、令和5年)で発表した。 第2期の環南シナ海インド洋における螺鈿工芸の制作技法・素材の比較研究については、立正大学・岩崎望教授の協力を得て予備的な科学分析を実施した。その結果、ストロンチウム、ミトコンドリアDNA、窒素、炭素などの試験的な科学分析を通してヤコウガイの産地を同定する見通しを得た。現在、沖縄、ベトナム、タイ、フィリッピン、ミャンマー、アンダマン諸島のヤコウガイ試料の採取が完了したので、次年度はヤコウガイに含まれるネオジムも含めた科学分析による産地同定の調査を進める。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
1: Research has progressed more than it was originally planned.
Reason
本年度はコロナ感染症の規制が緩和したため、ベトナム・フエ調査(2022.7.4-7.10)、タイ・プーケット島調査(2022.9.7-10)、ベトナム・フーコック島調査(2023.2.13-17)を実施した。フエ宮廷古物博物館所蔵のベトナム螺鈿漆器については同館館長フン・ティ・アン・ヴァン博士と私の共同執筆で、基準作例となる作品紹介を学会誌に発表した。タイ螺鈿についても研究協力者の高田知仁がタイ寺院の螺鈿扉における調査結果を学会誌に研究ノートとして発表した。研究が予想以上に進展した理由は、毎年秋に刊行していた漆工史学会誌が、学会事務制度の改革がされ、本年4月に学会誌に刊行されたために早期に掲載することができた。
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Strategy for Future Research Activity |
本研究は工芸史的な様式の調査に加えて、螺鈿の素材と技法にも注目して東南アジア各地のヤコウガイの貝殻を採取してきた。現在までにアンダマン諸島、ココ島及びミャンマーのベイ、フィリッピン・ジブコ、タイ・プーケット島、ベトナム・フーコック島、沖縄伊平屋島産のヤコウガイを収集することができた。 近年、東京大学・大気海洋研究所の田中健太郎が貝殻に微量に含まれるネオジムの同位体比を用いて、アサリの産地を判別する手法を開発した。2023年度はヤコウガイに含まれるネオジムをはじめ、ストロンチウムの同位体分析、ミトコンドリアDNA、窒素、炭素などの科学分析によって、ヤコウガイ貝殻に含まれる元素の差異を明らかにして、ヤコウガイの産地同定を試みたい。本科学調査が成功すれば、螺鈿作品の制作地の判別に有力な情報を得ることが出来る。さらに螺鈿の伝播と交易を明らかにして、正倉院の螺鈿器の制作地とヤコウガイの製作地の解明につながることを期待している。 またベトナム螺鈿の最古の作品(11世紀)所在が判明したため、本年10月4日~7日にハノイに調査に行く予定である。作品が制作当初の11世紀のものであれば、漆工史学会誌上で発表する予定である。
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Causes of Carryover |
昨年度は新型コロナウイルスの蔓延によって遅れていた海外調査が、コロナ感染症の規制緩和によりベトナムにおける調査が予想以上に進展した。また入手が極めて難しいインド洋アンダマン諸島のヤコウガイが思いもかけずにミャンマーの漁師の協力を得て採取することができたためヤコウガイの科学分析を次年度で実施する。 6海域のヤコウガイ試料30個は科学的な分析調査の標本数として十分な数量ではないが、試験的な実験としては十分と考える。次年度はヤコウガイ試料の科学分析のために昨年度からの繰越金直接経費残高641,306円を充当する。具体的には東京大学・大気海洋研究所の田中健太郎のネオジウム分析費用10万円、立正大学・岩崎望教授のミトコンドリアDNA、窒素、炭素の科学分析費用10万円、明治大学・本多貴之准教授のストロンチウム分析費用10万円を科学分析経費に充当し、本年10月のハノイ調査に30万円、残額41,306円はヤコウガイ貝殻の購入費などの雑費とする。
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