2019 Fiscal Year Research-status Report
藪明山の薩摩焼上絵付の技術革新と工房経営に関する研究
Project/Area Number |
19K00209
|
Research Institution | Administrative Agency for Osaka City Museums |
Principal Investigator |
中野 朋子 地方独立行政法人大阪市博物館機構(大阪市立美術館、大阪市立自然史博物館、大阪市立東洋陶磁美術館、大阪, 大阪歴史博物館, 主任学芸員 (00300971)
|
Project Period (FY) |
2019-04-01 – 2024-03-31
|
Keywords | 藪 明山 / 輸出工芸 / 薩摩焼 / 上絵付 / 技術革新 / 銅版 |
Outline of Annual Research Achievements |
本研究は、大阪で薩摩焼上絵付工房を経営した藪明山の事績や作品を通して、明治から大正期にかけて日本各地で製作・販売された「薩摩焼」の上絵付技術の改良・革新についての研究を進めるとともに、明治期の工芸家と工房の在り方についてとその実態を解明することを目指すものである。藪明山工房で製作された作品と、鹿児島の沈壽官窯で製作された本薩摩、京都の錦光山窯・帯山窯において製作された京薩摩との絵付技法および流通構造の比較・検証を行い、近代日本を代表する工芸品のひとつとして明治期の輸出陶磁器の花形にまで成長した「SATSUMA」(薩摩焼)のなかにあって、その卓越した絵付技術から近代日本の薩摩焼を代表する工芸家のひとりとして世界で認識された藪明山(YABU MEIZAN)の果たした役割について探究することが目的である。 そこでまずは、藪明山工房の薩摩焼の作品流通構造の実態の解明を第一の目的として断片的に残る藪明山工房の経営に関わる史料(藪家伝来文書)の翻刻を実施し、工房に関連する人と金銭の流れを把握し、重点調査項目の見極めを行った。 次いで、上記の文書によって、藪明山工房での薩摩焼の上絵付に独自に使用された「銅版」が大阪の近代銅版画家によって製作されていた可能性が把握出来たため、大阪の近代銅版画研究の第一人者とともに現存する「銅版」の調査を実施した。 さらに、藪明山工房と関連が深いと考えられる京都・粟田口の陶器工房関連史料の調査と、藪明山が活動した時期の同時代資料を広範に調査・把握するための資料収集を進めることで、研究の深化を計った。
|
Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
1: Research has progressed more than it was originally planned.
Reason
本年度の研究は、(1)藪家関連文書の整理と翻刻、(2)下絵付に用いられた銅版の調査、(3)京都・粟田口の陶器工房関連史料の調査、の3点に主軸を置いて進めることができた。 (1)藪家関連文書は、同家に伝来した作品の「詰めもの」として偶発的に残存した文書で、状態が非常に悪かったため裏打ち等の保存処理を実施した上で翻刻を進めたところ、断片的ではあるものの、明治13年(1880)の明山工房創設当時に遡る記録等重要な史料を確認することができた。特に上絵付の際に用いられたと考えられる銅版の製作に関係した大阪の銅版画家の氏名や、上絵付の発注先と考えられる工人の氏名などは今後の調査にあたって重要な情報となった。 (2)の下絵銅版の製作に関連したと考えられる大阪の銅版画家の氏名が判明したことは藪明山工房の上絵付技法について考察する上で極めて大きな成果であった。それを受けて、大阪の銅版画研究の第一人者とともに現存する銅版自体の調査を実施した。調査によって下絵銅版の製作には複数の工房が関係していた可能性があることも判明したため、令和2年度に継続調査を実施することとした。 (3)の京都粟田口の上絵付関連工房調査としては京都国立近代美術館が所蔵する錦光山宗兵衛工房の上絵付記録の悉皆調査を実施した。錦光山工房と藪明山工房でそれぞれ上絵付された作品の作風に類似点が認められるため、その上絵付工人が共通するか否かの検討のための調査であり、現在はその結果を精査している。 以上の理由により、本研究は大いに進展をみたと言えるだろう。
|
Strategy for Future Research Activity |
令和2年度の研究では、令和元年度の調査によって進展をみた、(1)藪家関連文書の整理と翻刻、(2)下絵付に用いられた銅版の調査、(3)京都粟田口の上絵付関連工房調査、を基礎としてそれぞれの深化を目指して研究を進める。 具体には、(1)の文書については翻刻をもとにして調査重点項目の精査を進める。(2)の下絵付用銅版については、精細画像の取得のために銅版のスキャニングを実施する。また、彫刻図案のアーカイブと彫刻技法の調査・分析を進め、関連した銅版画工房の探究に努める予定である。(3)については令和元年度に実施した調査結果の精査をすすめ、藪明山工房との関連の有無に関して検討する。 さらに、上記の3項目に加え、大阪歴史博物館所蔵藪明山作品並びに同関連資料の悉皆調査を改めて実施する予定としている。 なお、現状では新型コロナウィルスのパンデミックによる影響のため、令和2年度に予定していた国内に残存する明山作品の調査については見通しが立たなくなっている。同様に令和3年度以降に、欧米地域、特にイギリス、アメリカ所在の在外作品の調査を実施する予定としているが、パンデミックによる影響がどの程度まで残るのかの見通しが立っていない現状では調査の打診を行うことが難しく、調査の延期等も含め、調査研究計画の見直しを実施せざるを得ないか、と考えており、状況を注視しつつ判断することとする。
|
Causes of Carryover |
外部へ委託中の文書翻刻作業の完了が令和2年6月末日の予定であるため、同経費にかかる繰越金が生じているが、翻刻作業は順調に進展していることから、年度の前半には執行する予定となっている。また令和2年3月中に名古屋への作品調査にかかる出張を予定していたが、新型コロナウィルスの影響により一旦中止することとしたため、旅費に繰越金が生じた。
|