2019 Fiscal Year Research-status Report
遺伝学・ゲノム学と〈人々の形而上学〉との関係をめぐる概念分析の社会学
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19K00281
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Research Institution | Meiji Gakuin University |
Principal Investigator |
加藤 秀一 明治学院大学, 社会学部, 教授 (00247149)
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Project Period (FY) |
2019-04-01 – 2022-03-31
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Keywords | 社会学 / 生命倫理 / 人の同一性 / 非同一性問題 / 概念分析の社会学 |
Outline of Annual Research Achievements |
本年度は「非同一性問題」をめぐる哲学者たちの論争をできるかぎり広範にサーベイしつつ、そこで行われている議論が出生前診断/選択的中絶の是非やロングフル・ライフ訴訟の評価といった問題を考える上でいかなる含意をもつかについて検討した。 それによって明らかにしえたのは、有力な分析哲学者たちによる議論がおしなべて時間論的な難点を抱えているということである。その問題点をきわめて要約的に言えば、およそ以下の通りである。「非同一性問題」にとりくむ大多数の哲学者は、まだ生まれていない人々(未在者)を既に生まれて存在(実存)している人々(既在者)とあたかも存在論的に同格であるかのように扱い、非同一性のパラドックスを不可避のものとしている。より具体的には、未在者を人としての同一性(数的同一性)がすでに確定した、直接指示することが可能であるような存在者として扱い、そのような存在者として固有名を与えたうえで、その人を生んだ母親の行為について倫理学的評価を行うのである。そのような構えの下で、未在者について論じる際に(英語における)仮定法過去完了のような時制/アスペクトが無造作に用いられる。しかしこうした議論においては、未在者を既在者と同様に扱ってもよいという存在論的前提自体はけっして論証されることはないのである。それゆえかれは、自身が対処しようとしている非同一性問題そのものの理解において重大な誤謬を冒している疑いがある。そうであるならば、そこから導かれる提言が現実の諸問題の解決に役立つことはきわめて疑わしく、砂上の楼閣と言うべきものにすぎないであろう。 こうした問題点については、すでに本年度中に拙稿「「非同一性問題」再考」(『現代思想』2019年11月号、vol. 47-14)に素描し、発表することができた。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
「研究実績の概要」欄に記した通りの成果物を刊行することができたことは、当初の計画を超えた進捗であった。他方、「非同一性問題」にかかわる文献は予想を超えて多く、かつ増え続けおり、網羅的なサーベイを行えているとは言えない。こうした状況を総合的に勘案し、上記の通りの評価区分とした。
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Strategy for Future Research Activity |
本年度は研究計画初年度として、専門の哲学者たちによる議論を把握することに全力を傾注したが、第二年度以降はその作業を継続しつつ、哲学領域ではなく、遺伝学・ゲノム学の専門家による言説や、それに関連する一般大衆向けメディアにおける言説の中に潜在している〈人々の形而上学〉を剔抉し、そこにおいて「非同一性問題」がどのように位置づけられているかを明らかにする作業に進みたい。 ただし現状で図書館利用が制限されていることから、とくに歴史史料の利用が大きく制約されているため、どこまでこうした作業を進められるかは見通しにくい。もしも一次資料に即した研究活動が十分に進められない状況が続くようであれば、哲学領域の文献検討を第二年度においても主たる課題として続行することもありうる。
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Causes of Carryover |
本年度は、次年度に海外で重要な学会が開催されることが判明したことから、当初計画していた学会出張を減らし、次年度のための旅費として利用することを計画したため、次年度使用額をやや多く残すことにした。 ただし、新型コロナウィルス感染症のパンデミックにより、2020年度夏に予定されていた学会はすべてキャンセルとなったため、計画通りに旅費を執行することは非常に難しい状況である。
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