2020 Fiscal Year Research-status Report
低線量被曝の健康影響をめぐる日本での論争とその社会的背景に関する研究
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19K00285
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Research Institution | Osaka University of Economics and Law |
Principal Investigator |
藤岡 毅 大阪経済法科大学, 公私立大学の部局等, 客員教授 (60826981)
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Co-Investigator(Kenkyū-buntansha) |
本行 忠志 大阪大学, 医学系研究科, 招へい教授 (90271569)
林 衛 富山大学, 学術研究部教育学系, 准教授 (60432118)
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Project Period (FY) |
2019-04-01 – 2022-03-31
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Keywords | 放射線の健康影響 / 福島原発事故 / 福島甲状腺がん / 甲状腺被曝線量推定 / ICRP Publication 146 / 科学と政治 |
Outline of Annual Research Achievements |
2020年度は、ICRP改訂草案に出されたパブリック・コメントの分析を通して、巨大原発事故に対するICRPの考え方とそれに対する原発事故被害者を含む市民・研究者の批判、放射線防護に関する市民の視点について一定の知見が得られた。この問題に関してシンポジウムをオンライン開催し国外からの参加を含め170名を超える参加(登録者数)が得られた。シンポジウム報告は『科学史研究』298号(2021年7月刊行予定)に掲載決定である。 被ばくの健康影響をめぐる裁判における論争の分析に関しては、広島地裁における「黒い雨訴訟」原告勝訴判決と国による控訴の意味と問題点を取り上げた2つのオンライン・セッションを科学技術社会論学会で開催した。その中では特に内部被曝による健康影響の深刻さを全面的に認定した判決の意義が確認され、原爆被害と原発事故被害との共通点の考察も深められた。これらの資料はネット公開されている。(http://hdl.handle.net/10110/00020555) 福島の小児甲状腺がん多発をめぐる論争では第4回低線量被ばく問題研究会をオンライン開催して福島県民健康調査2巡目検査の分析に基づき、地域における甲状腺がんの発症率と線量との相関を示しす報告を中心に討論した。また、その中で福島原発事故直後の甲状腺初期被ばくが無視され被ばく量が過小評価されている問題点などが明らかとなった。 また、放射線生物学による研究ではマウスの胎児への低線量放射線照射による発がん影響やマウスを使った放射性ヨウ素による被曝への安定ヨウ素剤の効果の研究などが進められた。 これまでの研究の中間まとめとして、藤岡毅「福島原発事故後の日本で起こったこと、これから世界で起こること――放射線の健康影響をめぐる科学と政治――」という論考を共著(若尾裕司・木戸衛一編集『核と放射線の現代史』昭和堂、2021年)にて出版した。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
2020年度は年度当初から新型コロナウィルス感染防止のための出張自粛や学会の中止などの影響で研究を進める上での制約が大きかったため前半の研究は進まなかった。しかし、後半から研究テーマに関係する学会や研究会、団体や個人との意見交換を主としてZoomシステムを使ったオンラインで進めることができたため、ICRP改訂草案の評価、福島における小児甲状腺がん多発の原因をめぐる論争の論点整理、内部被曝による健康影響に関する新知見の獲得などで研究が進んだ。出張抑制は大きな研究上の制約ではあったが、オンライを通じた意見交換の手法の拡大によって、地理的・時間的制約を超えて多くの人たち(研究者にとどまらず原発事故被害たちもふくめ)と意見交換できる機会が増えたのは予想外の成果である。しかし、直接対面しての対話や意見交換、ネットだけでは手に入りにくい資料の入手などは研究を進めていく上で重要なので、新コロナウィルスの影響が徐々に収束していくことを期待して、次年度以降の研究で不足分を補いたいと考えている。そのことを考慮してみれば、全体として研究は概ね順調に進展していると判断できると思う。 また、今年度の成果においては研究発表はネット上の講演や資料公開が多かったが、シンポジウムの報告など学会誌に投稿済みで来年度以降に刊行される予定である。
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Strategy for Future Research Activity |
これまでの本研究の進展から福島県県民健康調査で明らかになっている小児甲状腺がんの発症率の異常な増加は、原発事故による被ばくが原因である蓋然性が高いと思われる。しかし、県民健康調査検討委員会は放射線の影響ではないとの判断を下している。また、国連科学委員会はUNACEAR2020年報告を出し、2013年報告の実効線量と甲状腺被曝線量評価を大幅に引き下げ、放射線の影響でがんの発生増加が生じることはないとの予測を打ち出した。日本のマスコミは無批判にそれを報じている。しかし、原発事故直後の甲状腺被曝線量の実測はおこなわれず、事故2週間近くに経って35キロ以上離れた地点でのわずかな測定があるだけである。2013年報告と2020年報告にこれほどかけ離れた評価があること自体、評価の信頼性を疑わせるものである。今年度の研究の方向性として、原発事故直後の初期被曝の実態を詳しく分析するとともにUNSCEAR2020の主張を検証し、その評価の可否を吟味したい。さらに、ICRPがチェルノブイリ原発事故および福島原発事故の影響の総括の下、新たに出版したPublication 146の分析と評価を引き続き行う。特に、「黒い雨訴訟」の判決で打ち出された内部被曝の影響について、ICRPは一貫して無視し続けてきたが、内部被曝に関する新たな研究の進展も踏まえて、Publication 146を批判的に評価する上での重要な視点の確立を模索する。
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Causes of Carryover |
本年度は、年度はじめから新型コロナウィルス感染防止のために出張がほとんどできなくなり、旅費による支出が極めて少なくなった。また、学会や研究会が全てオンラインに切り替わったため、出張の必要性が大幅に減少した。さらに、講演などで講師をお呼びすることも困難になったためそのための経緯費もなくなった。以上のことから今年度の使用額が大幅に少なくなり、次年度への繰越となった。新型コロナウィルス感染防止の必要性が次年度も継続するため次年度も少なくとも前半は出張が困難な状況は続くと思われる。次年度後半にはワクチンが行き渡ることによって感染拡大が多少沈静化することが期待される。よって年度後半に延期されてきた必要な出張をできるだけこなす予定である。またオンラインでの研究会開催や講演依頼を増やし、そのためのネット環境の整備や講演料などに繰越し金を当てたいと計画している。
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Research Products
(14 results)