2021 Fiscal Year Research-status Report
晋宋期における地方官吏の文学空間――山水と神怪の探求
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19K00370
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Research Institution | Nara Women's University |
Principal Investigator |
大平 幸代 奈良女子大学, 人文科学系, 教授 (90351725)
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Project Period (FY) |
2019-04-01 – 2023-03-31
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Keywords | 北伐 / 観世音応験記 / 晩渡武人 / 仏教説話 |
Outline of Annual Research Achievements |
2021年度は、北伐・晩渡武人・仏教説話の三者の関わりについて考察を進め、論文「逃げる武人と闇夜の光―晋末から劉宋前期の北伐と観世音応験譚― 」として公表した。 東晋末から劉宋期にかけての北伐には、多くの逸話が伝わる。観世音に祈り救われる応験譚もその一種である。日本の青蓮院に伝存する『観世音応験記』については、日本・中国ともに少なからぬ研究の蓄積があるものの、そのほとんどが仏教史や志怪小説史の流れに位置づけて「観世音応験記」を考察したものである。本稿では、それら先学の研究成果を踏まえたうえで、個々の説話の歴史的地理的背景を詳細に検討することによって、観世音応験譚が希求された時代的・地域的・階層的状況を、可能な限り具体的に考察することを目指した。 観世音応験譚はパターン化されている。今回、焦点を当てたのは、闇夜に灯火に導かれて北方から南に逃げ帰る型の応験譚である。このパターンに多いのが、一つには、北方出身の武人が南に帰順する際の逃亡劇であり、もう一つには、晋宋の北伐の際の捕虜や敗残の兵の逃亡劇である。前者の武人(毛徳祖や王仲徳)は、南渡後、北伐の主力として活躍する将軍でもあるから、両者とも北伐に関する語りと言ってよかろう。後者について留意すべきは、逃げ帰る兵の多くが彭城をはじめとする淮河南北や江北地域の人であり、言いかえれば、南と北との中間地域が語りの場となっている点である。観世音応験譚は、まさに南北の争いの境界域において生まれていたと考えられる。 以上のように、武人をめぐる応験譚の発生と変容には、北伐の歴史の転換点、南北の中間地帯特有の地域性が大きく関わっている。なお、こういった将兵やその周辺の人々の語りが、武人の政治的台頭によって書物に記されるようになる過程があったと想定されるが、それについては更なる検討が必要である。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
3: Progress in research has been slightly delayed.
Reason
前年度までは南朝文人の歴史語り(異聞収集)を中心として考察を進めてきたが、その過程で晩渡北人の武人としての働きと文化的活動に関心をいだき、仏教信仰との関連を含めて、考察の対象を拡大したため、成果としては大きな進展がなかった。ただし、本課題研究全体の幅を広げることはできたと考える。なお、新型コロナ感染症の影響で、当初予定していた外国人研究者を招聘してのワークショップは開催できず、個別の学術交流を行うにとどまった。
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Strategy for Future Research Activity |
引き続き、東晋末から劉宋にかけての説話記録について、その地域性や集団の性質に重点を置きながら考察を進める。とりわけ、石碑や遺址をめぐってどのような言説が展開されてきたのか、地域の異聞がどのように収集され伝播されていったのか等について、個別の事例の検討を行う。 また、2022年度は最終年度でもあるので、これまで個別に発表してきた論考を修訂しつつ、全体的な見通しを示したい。できごとをめぐる集団的記憶が語り継がれ記録として留められるさまを明らかにすることによって、晋宋期の士人の心性のありようの一端を示すことを目指す。
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Causes of Carryover |
新型コロナウィルス感染症の影響で、学会やシンポジウムに参加するための交通費が不要になったため、余剰金が生じた。次年度に繰り越した助成金は、状況に応じて旅費または書籍購入費にあてる。
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