2019 Fiscal Year Research-status Report
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19K00378
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Research Institution | Komazawa University |
Principal Investigator |
佐藤 普美子 駒澤大学, 総合教育研究部, 教授 (60119427)
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Project Period (FY) |
2019-04-01 – 2023-03-31
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Keywords | 中国新詩 / 共感 / 公共性 / 美的経験 / 倫理感覚 |
Outline of Annual Research Achievements |
中国20世紀初頭の出版メディアの発達に伴い、口語自由詩「新詩」は一般の人々やそれぞれの共同体の関心や時代感覚を身近な言葉で表現することを通して<公共性>を獲得し、新しい芸術として形成されていった。本研究は、個人と共同体の関心や感情はどのように絡み合い、新詩に表現されてきたか、また新しい言語表現を促す文学資源として、伝統的な文語定型詩や翻訳された西洋詩歌はどのように受容されたかを中心に考察を進める。 上記の観点から近百年の新詩の<公共性>のあり方と変遷を跡づけることで、二十世紀中国に生きた人々の抒情表現、審美意識、倫理感覚の変革に新詩がいかなる役割を果たしたかを明らかにすることが本研究の目的である。 初年度は1920年代後半から1930年代にかけての詩論や美学論文の中で「共感」「同情」という言葉が使われているものに注目し、考察を試みた。その結果、五四新文化・新文学運動の中で魯迅とともに指導的役割を果たした周作人は「実感」の表現を尊重し、詩人で哲学者の宗白華は社会の基盤として「共感」を強調するなど、啓蒙的理念よりも個々の人間の情感の表現に注目していることが明らかになった。また1930年代には、美学者朱光潜が、芸術鑑賞の要諦は人の経験の中でも特に外界と個人の内部が深く連動する「美的経験」にあることを西洋美学の理論を援用して整理し、創作より鑑賞の角度から新しい「詩論」(芸術論)を展開していたことを指摘した。 以上の研究から、1930年代の左翼詩歌と芸術派のそれぞれの文学的表現は全く異なるものの、いずれもその根底には情感の重視、美的経験を引き起こすような作者と読者の黙契への志向があること、また、美的経験の重視は五四以来の一種の修養論の系譜に位置付けることが可能になると予測された。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
本研究期間の前半2年間で、各種文学史・アンソロジーの比較検討を通して、1920年代から2010年代までの代表的詩人約60名とその代表作をリストアップする予定である。初年度は中国および台湾新詩の国内研究者2名、国外協力者3名と随時意見交換を行い、民国期の代表的詩人約30名を選出することができた。 1920年代から30年代にかけての新詩理論のキーワードの一つである「共感」と「経験」について、10月は中国北京における新詩のシンポジウム、11月は広東における五四文化再考のシンポジウムにおいて、ほぼ同様の主旨の報告を行った。3月上旬に四川大学で予定されていたワークショップに参加報告する予定だったが、コロナ感染拡大の影響で中止となった。このため、2020年度に予定していた四川大学中国詩歌研究院「劉福春中国新詩文献館」における詩集単行本、新詩雑誌等資料の閲覧・調査のための事前調査や準備ができなかったことは予定外ではあったが、それ以外はおおむね予定通りに進行している。今年度の四川大学訪問調査が可能かどうかは目下未定である。 長らく休刊していた新詩研究の研究誌『九葉読詩会』第5号を2020年3月に復刊した。中国現代文学研究者7名の協力を得て特集を組むことができたので、今後も同読詩会を中心として、メンバーの意見や資料を交換しながら、様々な角度から中国新詩研究の基盤を固めていく準備が整えられたといえる。
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Strategy for Future Research Activity |
2020年度は、当初予定していた四川大学中国詩歌研究院「劉福春中国新詩文献館」における海外資料調査や、海外で開催される新詩シンポジウム参加の見通しが立たないため、基本的に以下のようなテクスト分析の作業を中心に進め、その成果を学術誌『新詩評論』(北京大学)や『詩探索』(首都師範大学)に掲載する論文の作成に専念する。 1.20世紀後半の代表的詩人30名と作品をリストアップする。前年度同様に、西洋詩学から影響をうけた新詩理論と中国古典詩学を継承する新詩理論の比較対照を行う。さらに21世紀初頭の詩人とその代表作を同時代詩歌の各種アンソロジーからリストアップする。以上の作業は前年度同様、二人の国内新詩研究者や国外の学者と随時意見交換しながら進めていく。 2.研究期間の後半2年で予定していた女性詩歌の考察に重点をおき、創作と理論の両面からテクスト分析を行う。女性詩歌の系譜に連なる重要な詩人について、中国と台湾の女性詩歌の系譜を対照させ、両者の共通点と差異を考察する。特に「公共空間/私的空間」に関わるイメージや抒情パターンを抽出し、共同体と個人の情感や倫理感覚の表現を中心に分析する。最終年度に予定している中国台湾の女性詩人を招聘するワークショップと朗読会の企画準備を始める。 3.英国留学した現代中国詩人の西洋詩学の受容について考察するために、2021年度には英国ケンブリッジ大学キングスコレッジ・アーカイブにおける資料調査を行う予定であるが、そのための事前準備を整える。ケンブリッジ大学の研究者の協力を仰ぎ、同大学キングスコレッジ・アーカイブにおいて徐志摩を中心とする英国留学文学者グループ(葉公超、林徽因など)に関する資料を収集する。 4.定期的に読詩会を開催し、新詩のトピックや研究上の情報を交換する。研究会誌『九葉読詩会』第6号を編集し、来春の刊行を目指す。
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Causes of Carryover |
少額の未使用額が発生したが、研究はおおむね順調に進展している。未使用額は令和2年度の物品にかかわる経費の使用を予定している。
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