2019 Fiscal Year Research-status Report
The thoery and practice of Sinophone Literature
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19K00379
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Research Institution | Nihon University |
Principal Investigator |
山口 守 日本大学, 文理学部, 教授 (70210375)
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Project Period (FY) |
2019-04-01 – 2022-03-31
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Keywords | 華語語系文学 / 華人 / 母語 / 中国 / 台湾 / 華語 / マイノリティ |
Outline of Annual Research Achievements |
本年度は華語語系文学の理論体系を把握しながら、中国、台湾、マレーシア各地の華語創作実践例を検証することを目指した。理論面では史書美と王徳威に集中して、そのSinophone Literature概念における分岐について考察を進めた。当初は協力して華語語系文学理論の基礎を築いてきた二人だが、近年その分岐が明確になりつつある。例えば王徳威や高嘉謙が編集した『華夷風』(台湾:聯経、2016)を見れば、その華語語系文学の枠組みは国境や民族を超えるという従来の華語文学概念の拡大版のように映るが、史書美は『反離散』(台湾:聯経、2017)において、ディアスポラ概念に寄りかかるうちは在地華語実践の主体が見えないと、華語文学における中国性Chinese-nessを痛烈に批判している。この両者の理論の分岐を明確に解明できた点が今年度の成果の一つであった。 資料研究では、マレーシアの華語雑誌『蕉風』の全巻収集を図る計画であった。電子化されたバックナンバーを確認したが、シンガポール大学経由のインターネット接続が不安定で利用しにくいので、紙媒体のバックナンバーを20冊揃えることにした。通覧すると1969年513事件の影響が文学雑誌にも波及していることが分かり、マレーシアにおけるエスニシティ間の軋轢問題は華人社会の変貌と合わせて、史書美が言う在地実践に着目する上で重要であることが確認できて、資料研究の意義が深まった。 研究会活動の面では、所属大学において中国及び台湾の研究者を招いて二回の研究会を開催して学術交流を実行できた。また台湾・国立政治大学のワークショップに参加して、院生の論文指導を行い、台湾文学研究の交流意義を深めた。ただ、当初計画していた年度後半の国際ワークショップは、コロナウイルス新型肺炎によりすべてキャンセルせざるを得なくなったのが残念である。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
理論研究の面では計画通り順調に進んでいる。特に史書美と王徳威の二人の華語語系文学理論に関する研究は今年度着実に進展したので、次年度にマレーシア・台湾・中国の理論研究へと繋げることが可能なところまで進んでいる。更に母語問題に関しては、母語概念自体が社会や政治の文脈で可変的であることを明らかにすることで、華語語系文学理論が母語の絶対性から免れていない欠点を是正することが重要であった。この点に関しては、2019年12月台湾・国立政治大学でのワークショップで、植民地経験国では母語を含む非対称的な二重言語状態となる点を指摘して、院生の発表や論文を指導したことが、華語語系文学における母語概念の修正として、その学術理論の発展に寄与できたと考える。 資料研究では、研究計画にあった『蕉風』全巻収集の途中までは順調に進み、バックナンバー電子版を調査して確認できたことが成果と言えるが、残念ながら電子版は安定してアクセスすることができず、紙媒体と合わせても全巻収集までは届かなかった。1965年マレーシア独立前後の詳細な文学動向研究のために、特に1960年代の部分を中心に全巻収録を目指すことが、次年度に引き継がれる大きな課題となる。 研究会活動に関しては、新型肺炎によるすべての学術活動停滞により、計画通りに進行しなかった。当初の計画では、年度前半に理論研究と資料収集、年度後半に国内外のワークショップ開催を予定していたが、2019年秋の台湾出張まで計画通りに進んだものの、年明けの2020年1月以降の数回のワークショップが新型肺炎流行拡大によって中止になり、加えて中国四川省ギャロン地区や、台湾のパイワン族部落での調査を断念せざるを得なくなった点で、計画より数か月研究活動が遅れる結果となった。
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Strategy for Future Research Activity |
当初の計画では、基礎的な理論・資料研究の上に立って、アジア各地の華語創作実践者との対話を目指すことにしていた。しかし、新型肺炎流行拡大によって対面型のワークショップ開催が当面困難なので、現在台湾の作家や研究者とWebExを通じた準備セッションを始めている。この態勢を中国・マレーシア・シンガポール・アメリカへと広げ、計画通り華語語系文学の討論セッション開催を実行する予定である。場合によっては、全員がオンラインで参加せずとも、一対一討論を連続させる形でもよいと考える。この方法は研究費支出が極めて少ないので、科研費予算の効率的運用に繋がるだろう。また国内の研究者間でも有効なので、同様の方法で予備討論を進めたい。 理論研究では、マレーシアでは華人、台湾では原住民族、中国では少数民族の、華語・漢語文学の地域的理論研究を進める予定である。これは上記ネット型ワークショップ開催の準備研究として重要だと考えている。例えば、台湾の原住民族文学に関する理論的研究は『台湾原住民族漢語文学選集』(台湾:INK、2003)のようにかなりの蓄積があるが、中国国内では言論空間に制限があるので、現在なお厳しい状況にある。それでも地方には個別状況が存在し、ペマ・ツェテンやソンタルジャがチベット語やギャロン語で映画製作を行う場合にも理論的背景がある。こうした個別地方の研究にいっそう目を向けたい。 資料面では『蕉風』の全巻収集が当面の課題だが、個別作家の実践ではアーライ、ペマ・ツェテン、リグラヴ・アウの作品収集を急いでいる。ペマ・ツェテンで言えば作品の英訳Enticement(USA:SUNY Press,2018)も出版されていて、チベット語・漢語・英語の言語的広がりにも注意したい。
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