2020 Fiscal Year Research-status Report
The thoery and practice of Sinophone Literature
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19K00379
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Research Institution | Nihon University |
Principal Investigator |
山口 守 日本大学, 文理学部, 教授 (70210375)
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Project Period (FY) |
2019-04-01 – 2022-03-31
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Keywords | 華語語系文学 / 華人 / 母語 |
Outline of Annual Research Achievements |
本研究は華文文学が内包してしまう国家主義や民族主義を乗り越えるため、新たな学術概念である華語語系文学理論の有効性や実践の検証を進めることを目的としている。そのための視点として母語概念と文学における音声の問題を設定した。今年度研究では、母語が揺らぎを持った概念であることを検証するため、まずチベット作家を自称するアーライとペマ・ツェテンの漢語小説について考察を進めた。ギャロン語を生活用語とし、漢語教育を受け、チベット語を独学で学んだアーライにとって、文学上の母語が漢語になることは自然だが、同時に生活母語であるギャロン語や文化的アイデンティティと結びつくチベット語との間を自覚的に往来することがどのような葛藤や困難を招来するか、主として『空山』と『遥遠的温泉』を用いて検証を行った。 文学と映画という二つのジャンルで活動するペマ・ツェテンの場合はアーライと異なり、文学母語はチベット語と漢語のバイリンガル状態であると想像できるが、異種言語間の交流というより、むしろ言語と表象文化の間の往来の方が研究視点としては相応しいと考えられる。すなわち、小説「気球」と映画『風船』の例にみられるように、小説における無音状態が映画において聴覚化されたり、逆に映画における音が小説叙述として文字化されることが可能であるなど、華語語系文学の理論家の一人である史書美の著書Visuality and Identityにおける文学と映像の関係に関する分析に相応した作家であると考察できた。 マレーシア華人文学に関しては雑誌『蕉風』のバックナンバーや『馬華新文学大系』全10巻を通覧して解読できたことで、ディアスポラ意識を持つ南洋華人が現地でネイション・ビルディングに直面して揺らぐアイデンティティから華語文学が生まれる機制について認識を深められた。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
3: Progress in research has been slightly delayed.
Reason
今年度は当初の研究計画では、中国からアーライとペマ・ツェテン、台湾からリグラヴ・アウと孫大川、マレーシアからFar Hing Chong、香港から陳国球、シンガポールからHee Wai Siamら漢語・華語作家や華語語系文学の研究者を招いて、各地域の漢語・華語の文学実践を討論する国際ワークショップを開催する予定であった。ところが2020年4月以降、国外の研究者の日本への入国及び国内の研究者の出国が基本的に不可能となり、また香港における民主化運動とそれに対する弾圧により、香港の研究者を招くことができず、最終的に国際ワークショップの開催を断念せざるを得なくなった。そこで補完的措置として、日本国内の研究者による小規模研究会をオンライン・ミーティングで3回行い、次年度研究の準備を継続した。ただ、このミーティングでは、華語語系文学を主たるテーマとする以上、チベット・ウイグル・香港も討議テーマとなるため、中国政府のオンラインにおける検閲を考慮して、中国国内研究者の参加を見合わせざるを得なかったのが残念である。 代替措置として、四川大学文学院與新聞学院の研究者と協議して、2020年11月10日、13日、20日の三回にわたり、研究代表者が四川大学の院生と研究者向けに質疑応答なしのオンライン講演を実施し、国境や民族や言語の壁を超える文学実践や理論について学術発表を行った。これは討論の場を確保したものではなかったが、検閲問題に配慮して、参加者の安全を確保するため、一方通行型講演とせざるを得ない措置であった。
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Strategy for Future Research Activity |
本研究の初年度に予定していた華語語系文学の理論に関する基礎的研究は順調に進んだが、2年目の研究が始まる2020年4月からCovid-19感染拡大によって国際的なワークショップを開催することが極めて困難となった。インターネットを利用した国際的な討論の場の設定も考えられるが、香港やチベットやウイグルにおける中国政府の人権弾圧や言論検閲が、本研究の目指す地域・民族・言語を越えた文学研究のプラットフォーム構築の大きな障害となっている。結果として2年目の今年度は研究代表者の資料・文献研究と、国内研究者によるオンライン・ミーティングだけに限定して研究活動を行わざるを得なかった。 次年度が本研究の最終年度となるが、Covid-19感染問題が早急に解決することは考えにくいので、国際ワークショップもオンラインで、しかも検閲を避けられる方法で行うことを考えざるを得ない。その場合、研究代表者が2020年11月中国四川大学の研究者に対して一方通行で行った学術発表や、中国圏を避けて、台湾やマレーシアの研究者とのネットワークに限定する方法を組み合わせて研究活動を展開する方法を模索したい。幸い、華語語系文学の理論や資料研究及びワークショップの発表と討論を総括して活字化することを目指した日本語版と華語版論文集に関しては、Covid-19禍中でも出版事業の実行は可能なので、引き続き台湾大学台湾文学研究所、政治大学台湾文学研究所及びマレーシア華人協会と共同企画として進めることを模索したい。
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Causes of Carryover |
Covid-19感染拡大により、中国からアーライとペマ・ツェテン、台湾からリグラヴ・アウと孫大川、マレーシアからFar Hing Chong、香港から陳国球、シンガポールからHee Wai Siamら漢語・華語作家や華語語系文学の研究者を招いて開催する予定であった国際ワークショップを中止せざるを得なくなり、また華語語系文学理論を討論する国内研究会を年数回予定していたが、これも緊急事態宣言等の発令により中止となった。一方、研究代表者自身が予定していた、中国・台湾・マレーシアへの研究出張も不可能となった。感染終息まで待機状態だったため、今年度の国内外旅費の執行が困難となり、また予定していた研究費を無駄なく使用するために、次年度に繰り越して出張費・手数料報酬・機器備品費として使用することにした。
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