2021 Fiscal Year Research-status Report
The thoery and practice of Sinophone Literature
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19K00379
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Research Institution | Nihon University |
Principal Investigator |
山口 守 日本大学, 文理学部, 特任教授 (70210375)
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Project Period (FY) |
2019-04-01 – 2023-03-31
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Keywords | 華語語系文学 / 漢語 / 非漢語 / マイノリティ |
Outline of Annual Research Achievements |
今年度は当初、理論研究やワークショップを総括して、日本語及び華語版の論文集刊行を計画した。しかし、コロナ禍でワークショップを開催することができず、オンライン開催も、扱うテーマが中国の官製イデオロギーが批判、抑圧する民族問題に波及するため、中国国内のネット規制により個別交流を除いて事実上不可能であった。そこである程度個人に限定した研究交流や、個人ベースの研究へとシフトせざるを得なかった。ただその範囲内で言えば、事前準備にあまり条件を要さないので、逆に新たな成果を出すことができたと考える。 まず華語語系文学の創作実践例として、今年度は台湾の原住民族作家の漢語文学に焦点を当てた。パイワン族作家リグラヴ・アウに加えて、プユマ族作家のラムル・パカウヤンを取り上げて研究を進めた。例えばラムル・パカウヤンの短編小説「私のVUVU」を台湾国立政治大学台湾文学研究所長の呉佩珍教授と共同編集・翻訳した「台湾文学ブックカフェ」第1巻に収録したが、ここでは漢語と非漢語という二項対立的な視点ではなく、パイワン語、アミ語、客家語、台湾語がそれ自体として生み出す社会的コンテクストが漢語(北京語)によって浮き彫りになる様態を観察できたことで、より複眼的な視点から華語語系文学研究を展開する方法を探ることができたと言える。 理論研究面では、2021年11月19-20日台湾国立中正大学のオンライン国際シンポジウムで述べた、文学史を立体化するという見解が、従来の華語語系文学理論研究を踏まえた成果の一つと言える。これは2021年11月26日韓国高麗大学文学院におけるオンライン講演で、華語語系文学の参照例として在日韓国・朝鮮人作家の日本語作品における「割り算としてのバイリンガル」を紹介したこととも共通して、クロスボーダーかつ多元的な華語語系文学研究の方向性を探る活動と位置付けられる。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
3: Progress in research has been slightly delayed.
Reason
華語語系文学の理論研究は一段落して、現在は各地域の個別研究へと進んでいる。これまでのマレーシアの華語語系文学研究の蓄積を踏まえて、台湾の原住民族作家研究、及び関連してLGBTQ文学の研究へと展開している。前者に関して言えば、台湾における多重言語状況を、原住民族言語・台湾語・客家語・北京語の社会的コンテクストに焦点化して観察を試みている。後者に関しては、原住民族作家のようなマイノリティの文学創作の対照例として、台湾のLGBTQ文学を取り上げ、既成の漢語文学表現を性的マイノリティとして各作家がどのように脱構築するかを検証しながら漢語文学の可能性と限界性を考察するのが狙いである。 一方中国では、チベットやウイグルの作家を研究するのが難しいため、国民文学としての漢語文学を近代化過程におけるナショナリズム検証の対象へとシフトさせ、政治イデオロギーを超克する契機として、19世紀から20世紀にかけて展開された中国における欧米宣教師の活動を扱い、宣教師の娘であるアイダ・プルーイット(Ida Pruitt)が老舎の小説『四世同堂』を英語訳する時の翻訳問題を、異化と同化という視点から考察した。 研究会活動に関しては、前年度同様、コロナ禍による学術活動停滞により、計画通りに進行しなかった。オンラインでは台湾国立中正大学文学院、韓国高麗大学文学院、中国四川大学文学與新聞学院において研究発表や講演や公開講義を行い、ある程度海外の研究者との交流ができたが、深い内容に踏み込んでディスカッションするのは難しい。このため、論文交流という方法を考えて、国内外の研究者がまず自分のテーマに沿った論文を公刊して、それをネットを通じてシェアする形でオンライン討論会を何度か開催している。今後もCovid-19の流行が早急に終息しない場合、この方法はかなり有力であるように思う。
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Strategy for Future Research Activity |
当初の計画では、三年目に「ワークショップの発表と討論を総括して活字化する」ことを計画していたが、新型肺炎流行拡大によって対面型のワークショップ開催が当面困難であり、代替措置として考えられるオンライン開催も台湾・韓国・マレーシアの研究とであれば可能だが、中国国内の厳しいネット規制のため、中国本土や香港の研究者を招聘することができない。またネット規制がこちら側にも及び、中国四川大学文学與新聞学院における公開講義において、すでに発言に関する当局の警告を受けているので、双方で自由な学術討論が当面期待できない。そこで今後は主として台湾と韓国の研究者と華語語系文学研究の交流を考えている。 今年度論文交流という方法がある程度有効に機能したので、新年度も積極的にそれを活用させ、ワークショップの成果としてではなく、論文交流の成果として既発表論文をまとめた論文集刊行を考えている。ただし日本語論文と華語論文をどのように編集するかに関しては、各国の研究者との協議を待ちたい。またすでに今年度、韓国高麗大学文学院で華語語系文学の招聘講演を行ない、カウンターパートの研究者のゼミで史書美の華語語系文学の理論書Visuality and Identityを学習してもらっているので、次年度はこの基礎に立って韓国における華語語系文学研究との交流が期待できる。 一方、台湾の研究者との交流に関しては、オンライン以外に、科技部招聘であれば入国が可能とのことで、台湾師範大学の研究者が招聘手続きを進めてくれているので、年末以降の渡台が期待できる。台湾師範大学、台湾大学、清華大学等での講義やワークショップを予定しているので、理論研究交流以外に、原住民族部落のフィールドワークを含めて資料研究も進めることができるだろう。
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Causes of Carryover |
未使用が生じた理由は、主として中国四川省ギャロン地区や台湾のパイワン族部落での調査を、コロナ禍による様々な規制で断念せざるを得なくなったこと、また同様にコロナ禍で海外から研究資料を取り寄せるのが容易でなくなり、資料購入が滞ったことが挙げられる。前者に関して言えば、コロナ禍以外の理由でも、同地区への外国人の立ち入りが制限されるか禁止される状態が、少なくとも数年間は継続すると思われるので、研究計画を見直して現地調査を断念せざるを得ないと推定する。それに代わるものとして、チベット作家ペマ・ツェテンの研究を考えている。幸いなことに、ペマ・ツェテンは短編小説を活発に発表していて、間もなく短編集『故事只講了一半』が刊行されるので、フィールドワークでなく、小説を中心とした資料研究へとシフトすることが十分可能である。残額の一部をこれに当てたいと考えている。 台湾に関しては、年末の渡台の可能性が出てきたので、現地でパイワン族やプユマ族やタイヤル族など原住民族作家と面談することをまず新たに計画したい。同時に台湾の人類学関係資料の調査と研究が原住民族文学及び華語語系文学研究に必要であることを認識しているので、中央研究院と台湾大学において長期間人類学の資料調査を行いたい。これには海外渡航費と滞在費が必要であり、前年度残額のかなりの部分をこれに当てることになる。
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