2019 Fiscal Year Research-status Report
実証研究にもとづく受容論の刷新ー現代英国における文学テクストの生産・流通・受容ー
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19K00389
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Research Institution | Hitotsubashi University |
Principal Investigator |
井川 ちとせ 一橋大学, 大学院社会学研究科, 教授 (20401672)
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Project Period (FY) |
2019-04-01 – 2024-03-31
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Keywords | 英文学 / 受容論 |
Outline of Annual Research Achievements |
本研究は、英文学研究において過去約90年間にわたり提示されてきた作品の受容をめぐる諸理論を、批判的に再検討し、ある特定の歴史的・文化的文脈において文学テクストが意味を成すとはいかなる現象であるかを多角的に問うものである。理論的分析のこれまでの成果は、拙論「情動と『多元呑気主義』--ポストクリティークの時代にD. H. ロレンスを読む--」(『言語文化』第56巻)にまとめた。1970年代以降、とくにアメリカにおいて、文学研究は学際的な広がりを見せ、ことに精神分析学とマルクス主義思想にもとづくテクスト解釈を盛んにおこなってきたが、その際、批評家にもとめられたのは、読書における没入・感嘆・没頭といった身体的感覚を伴う経験を退け、テクストに対してつねに冷静で警戒を怠らない態勢であった。本論では、そのような読者と文学作品の主客二元論を再検討する近年の動き(情動論的転回)を概観したうえで、この動きと共鳴するD. H. ロレンスの思想を手がかりに、テクストを解剖や診断の対象とするだけでなく敬意や配慮を持って扱うこと、ひいては人間の経験を肯定的に捉えることの意義について考察した。 また、英国の出版文化において、一般読者とテクストとが複数の行為体によっていかに媒介されているかを明らかにするため、一般読者向けの紙媒体の季刊誌二誌、インターネット上の一般読者によるレビュー、書店や版元、作家が主催するウェブサイトにおける主催者と読者および読者同士の交流などの分析をおこなった。この分析は、本研究の最終年度まで継続的におこなうものである。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
3: Progress in research has been slightly delayed.
Reason
現地調査への協力依頼を検討している方々と電子メールでの交流をおこなったり、資料の提供を受けたりしているものの、新型コロナウィルスの感染拡大により、参与観察やフォーカス・グループ調査などをおこなうための具体的な準備を進めることは叶わなかったため。
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Strategy for Future Research Activity |
新型コロナウィルスの感染拡大により、英国での現地調査の目処が立たないため、2020年度は理論的分析に注力する予定である。具体的には、受容論という名称で包含し得る多様な学術実践を批判的に再検討する。受容論の外縁をどこに定めるかは意見の分かれるところではあるが、本研究では1920年代のI. A. Richardsを起点とし、1960年代 から70年代にかけて展開した複数の「読者反応理論」を経て、近年の読書会研究、とくに認知言語学と社会学のアプローチを統合するような研究(David Peplow et. al., _The Discourse of Reading Groups: Integrating Cognitive and Sociocultural Perspectives_, Routledge, 2016など)や、エスノグラフィー(Bethan Benwell, _Reading across Worlds: Transnational Book Groups and the Reception of Difference_, Palgrave Macmillan, 2015など)までを射程に置く。その成果は、2020年12月刊行予定の紀要『言語文化』に投稿する。
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Causes of Carryover |
現地調査の実施と国際学会への参加が叶わず、旅費を支出しなかったため。新型コロナウイルス感染拡大が続くあいだは、渡航計画を延期せざるを得ないため、本年度は主に資料収集に支出する予定である。
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