2020 Fiscal Year Research-status Report
Material-Physical Phases of Associationism: An Interdesciplinary Re-Interpretation of a Post-Enlightenment Literary Theory
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19K00392
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Research Institution | Osaka University |
Principal Investigator |
小口 一郎 大阪大学, 言語文化研究科(言語文化専攻), 教授 (70205368)
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Project Period (FY) |
2019-04-01 – 2022-03-31
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Keywords | 観念連合 / Henry David Thoreau / William Wordsworth / 身体 / 環境 / 想像力 / アウトドア |
Outline of Annual Research Achievements |
2020年度は、2019年度の研究のなかからHenry David Thoreauについての研究成果を受け、アメリカの環境言説における物理的環境と身体をめぐる観念連合論の展開を考察し、併せて18、19世紀イギリス思想における心理学の展開を調査した。当初の予定では、重要文献の翻訳(William Wordsworthの"The Prelude"およびその思想・言説的コンテクストをなす心理学関係のテクスト)を進展させることを想定していたが、コロナ禍による研究状況の悪化のため十分な作業ができなかった。
ソローは"Walden"等の主要著作において、人間が、文明社会の周縁部にあるいわゆる自然世界と物理・身体レベルでの交流を行うこと、そしてこの交流が身体・精神・感受性を包摂した「人間」を形成する要因であり、人間存在そのものでもあることを示唆していた。2020年度の研究では、ソローのこの直観的な思想が、『ウォールデン』以外の、より原野に近い自然への参入をテーマとする作品においても展開され、イギリスや大陸ヨーロッパ思想における観念連合論の生理・身体的展開に、体験的な肉付けをしていることを明らかにした。そしてこのアメリカ東海岸における思想形成に少し先行する時期に、イギリスではワーズワスが湖水地方におけるアウトドア体験の中で、ソローと通底する精神・身体・環境の連動の概念を、人間心理の側面から描き、英米ロマン主義に共通する環境意識に、観念連合心理学が思想の方法として機能していることを示唆した。
この研究と並行して、18、19世紀のイギリス思想を再度概観し、Earl of ShaftesburyからS. T. Coleridgeまでの想像力論をマテリアリティ(物理性、商品性)の観点から評価し、精神機能の生理性、物理性、社会性を論じる基盤を構築した。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
3: Progress in research has been slightly delayed.
Reason
「概要」に記したように、コロナ禍のため、当初計画していた重要文献の翻訳の本格的着手が実現できていない。他の側面においては概ね当初計画の意義を満足させる成果をあげることができているが、翻訳については遅滞しているので「やや遅れている」の判断となった。
計画では、ワーズワスの『序曲』の半世紀ぶりとなる新訳を進め、同時に詳しい注釈と長文の解題を執筆することによって、この作品の歴史・思想的文脈を明らかにする構想をもっていた。この注釈・解題において18世紀心理学の生理・物理的側面にかかわる重要文献を翻訳紹介する予定であった。これには資料を収集すること、翻訳と推敲に十分な時間をあてること、ワーズワスの創作の重要な舞台であった湖水地方、ウェールズ、デヴォン、コーンウォールの実地調査が必要であったが、コロナ禍により十分な研究時間がとれなかったことと海外出張ができなかったことで、計画の着手が遅延してしまった。上記をのぞけば、本研究の当初計画にあった「歴史的論証」についてはおおむね良好な進展が見られる。特に今年度は18、19世紀の思想について包括的考察ができ、シャフツベリー、Francis Hutcheson, Adam Smith, Thomas Malthus, Edmund Burke コールリッジらのスタンダードな思想史・批評史的解釈の理解を深めた結果、本研究が進めるべき独自の文化史的方向性が確立できたことが重要な進歩であった。また、アメリカにおける観念連合論の展開としてソローの環境言説を取り上げることで、環境文化とエコクリティシズムの面での研究の道筋が明確化できたことも重要な進展であった。
以上の経緯から、2020年度については重要な研究的進展はあったものの、全体としては「やや遅れている」との区分を適用した。
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Strategy for Future Research Activity |
2021年度は、2020年度に進展させることができなかった翻訳について、できる限りメドをつけ、あわせてエコクリティシズムの知見のなかに本研究の成果を位置づけることで、研究の結論を導く予定である。
『序曲』の翻訳は訳業および注釈、解題の執筆を進めながら、並行してイギリス現地での取材計画を、訪問地、訪問施設、調査資料等をできるだけ具体化しておく。コロナ禍がある程度落ち着いた段階で現地調査を実施することで、訳業を完成に近づけ、2022年度以降の出版準備を整えておく。エコクリティシズム関係では、まず近年飛躍的に進展した「マテリアリティ」と「エイジェンシー」という相補的な思想的観点から、現代の思想・批評状況の詳しい検討と再評価をおこない、本研究の結論の理論的基盤を構築する。次に、観念連合論の機械論的側面、生理学的側面、そして精神的・超越論的側面が、18世紀とロマン主義のテクストのなかで特徴的に現出している部分を再度概観し整理したうえで、現代エコクリティシズムの上記2概念の観点から再定義をおこなう。
これら一連の研究的営為によって、これまで歴史のなかに埋もれ、過去の迷妄とも考えられがちであったイギリス心理学の流れが、精神史的な意味をもつ重要な要素であり、ロマン主義へといたる思想運動に物理・生理および超越論的枠組みを提供していたことが再評価されることになる。そしてこの精神史的現象が、エコクリティシズムの観点からの解釈によって現代的意義をもつ思考的営みであったことが提起されるとともに、先鋭化するエコクリティシズムに歴史的基盤を与え、より広い学術分野において受容可能性が高い思想的枠組みとして再定義することが可能となると思われる。これが本研究が目指す結論の方向であり、その副産物として日本の研究コミュニティーにイギリス観念連合論の主要テクストを質の高い翻訳で提供することをあわせて実現したい。
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Causes of Carryover |
コロナ禍により2020年度は出張が実施できなかった。2021年度は出張の予定。
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Research Products
(2 results)