2021 Fiscal Year Research-status Report
Material-Physical Phases of Associationism: An Interdesciplinary Re-Interpretation of a Post-Enlightenment Literary Theory
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19K00392
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Research Institution | Osaka University |
Principal Investigator |
小口 一郎 大阪大学, 人文学研究科(言語文化学専攻), 教授 (70205368)
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Project Period (FY) |
2019-04-01 – 2023-03-31
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Keywords | 文学批評 / ウィリアム・ハズリット / 絵画論 / 抽象 / 具象 / 観念連合論 |
Outline of Annual Research Achievements |
2021年度は、ウィリアム・ワーズワスの自伝的作品の調査と翻訳を通して、観念連合論のロマン主義における展開について、自然神秘思想、唯物論、想像力論などの観点から考察する予定であった。しかしながら英国での調査がコロナ禍のため果たせず、研究計画は変更することとなった。よって2021年度の研究は、実地調査をともなわない、より観念的なロマン主義の批評理論にシフトし、ワーズワス作品理解の背景的・準備的研究を行った。
観念連合論はイギリス19世紀において、心理学的文学批評と緊密に連動した。ジョン・ロックやデイビッド・ヒュームらの経験論や懐疑論は、観念の連想を身体の物質的運動ととらえる唯物論を包摂しており、ロマン主義においてはジョウゼフ・プリーストリーやジョン・セルウォルらを経由して唯物論的汎神論から、想像力論へとつながることになる。この流れに重要な貢献をしたのが、批評家ウィリアム・ハズリットであった。物質的実在と認識を、抽象と観念のレベルで統合することを志向したロマン主義時代にあって、ハズリットは絵画の具象性を評価する批評的枠組みの構築に腐心した。彼の思想の背景には、芸術の実践者としての立場とならんで観念連合論があった。ハズリットは、経験論哲学における抽象と具象の階層関係を逆転させ、芸術的想像力の到達点を鮮明かつ精密な具象的表象に置いた。ハズリットによれば、そうした芸術的達成は、視覚表象、言語表現、観念を結びつける「果てしなく伸びる人間存在の連鎖」であり、連鎖が複合する「網目」「ネットワーク」であった。
ハズリットの視覚的具象性の評価は、ヴィクトリア朝以降の芸術批評の細密描写に貢献するとともに、間接的には19世紀末における印象派芸術の成立の背景ともなっている。ハズリットを考察することで、観念連合が19世紀全般の芸術においてなお有力な原理として機能していることが明らかとなった。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
3: Progress in research has been slightly delayed.
Reason
本研究の1つの着地点は、18世紀から19世紀までの観念連合論を、文献を翻訳と思想・歴史的背景の注釈づけにより、日本語において学術的に記録することであった。それには、翻訳対象となる作品、ワーズワスの『序曲』1805年版の事実的背景を調査することが必要となる。しかしながらコロナ禍の継続により、イギリスおよびドイツに渡航しての調査が困難となった他、勤務先においてもコロナ対応の追加的な教育・業務負担を担うことになり、一定期間の出張を行うことがそもそも不可能となっていた事情がある。よって、本来の目的として計画していた翻訳と注釈の主たる作業については、次年度の課題とすることとした。
そこで国内で勤務しながら可能な研究として、ワーズワスの同時代人であるハズリットの文学・絵画批評理論を取り上げることとなった。ハズリットは、ワーズワスと同時期に同じ文学運動の中にいながら、ワーズワスの抱えていた具象と抽象の包摂という難題に対して別の角度から明確な回答を行い得ており、そこに観念連合論が19世紀の後半にいたるまで、絵画の具象的視覚イメージの理論的背景としてなお有効な機能を発揮していることが明らかとなった。
2021年度のこの研究は、観念連合論の射程をイギリスの19世紀全般にまで拡大して理解することを可能としてくれるという効果ももたらした。ヨーロッパ思想史において、観念連合は20世紀初頭のフロイトの自由連想において再び脚光を浴びている。フロイトの理論形成とロマン派をつなぐミッシングリンクの発見への示唆が、今回の研究によって得られたかもしれないという手応えは感じている。ただし全体としてみれば、2021年度の研究は「回り道」的な過程であることは確かであり、研究の達成は1年間遅延されることとなった。よって「やや遅れている」と評価した。
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Strategy for Future Research Activity |
コロナ禍の経過をみすえながら、今年度の後半にはイギリスとドイツへ出張を計画している。イギリスにおいては、ウェールズ、湖水地方、ヨークシャーを訪問し、ワーズワスが『序曲』執筆の際に実際に暮らしていた、あるいは訪問した土地を取材し、写真等に記録することによって、翻訳の背景知識の実質化をはかりたい。また、ドイツでは、『序曲』の執筆が開始されたゴスラーを中心に、ワーズワスが視覚や身体のイメージを得たと思われるハーツの森等を取材する予定である。これらの取材をもとに、すでに70%ほど完成している本文訳を完成させ、あわせて観念連合論の観点を中心とした注釈の執筆、および解題的文章の作成を行う。
「注釈」は以下の観点に重点を置く:17世紀のディビット・ハートリーがとなえた主流派観念連合論とワーズワスの詩と詩論の関係、トマス・ホッブズの段階から18世紀末まで観念連合論の形成や解釈に深くかかわっていた身体論の視座、観念連合論の哲学的原理であるジョン・ロックの経験論哲学、プリーストリーおよびセルウォルの唯物論的汎神論思想、S. T. コールリッジの二段階想像力説・ドイツ観念連やジョン・ミルトンの二重理性論を反映したロマン主義の想像力理論。「解題」については、まずはより基本的な作品の事実関係、伝記的な位置付けを記述した後に、上記の注釈の観点から、イギリスの17世紀から19世紀にかけての観念連合論の展開の中に作品を置き、解釈するものとすることを予定している。
観念連合論の達成として1つの文学作品を論じることによって、この心理学理論に多様な文化的側面から光をあてることが可能となる。そしてそれこそが、近代のイギリスにおいてこの理論が果たしてきた重層的な役割を正しく認識し評価する1つの有力な道となると考えている。
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Causes of Carryover |
本研究の1つの着地点は、イギリス思想における観念連合論を、関連文献の翻訳と思想・歴史的背景の注釈づけにより、日本語において学術的に紹介し記録することであった。そのため対象となる作品、ワーズワスの『序曲』1805年版の事実的背景を、現地にて調査することが必要となっていた。
しかしながら、コロナ禍が予想に反して続いたことによって、連合王国やヨーロッパへの訪問による調査・研究が実質上不可能となった。また、本務校でのコロナ対応により、教育や業務の負担が過重となり、そもそも海外出張を行うことが日程上不可能となっていた事情もある。よって、2021年度の目的として計画し、本研究の総括的役割に位置づけていた翻訳、注釈、そして解題の執筆については、残念ながら次年度の課題とすることとした。
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Research Products
(2 results)