2020 Fiscal Year Research-status Report
近世英文学における「虚偽記述」分析に基づく「科学的言説」成立の文化史的研究
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19K00412
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Research Institution | Iwate University |
Principal Investigator |
境野 直樹 岩手大学, 教育学部, 教授 (90187005)
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Project Period (FY) |
2019-04-01 – 2022-03-31
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Keywords | 疑似科学の修辞 / 王立協会 |
Outline of Annual Research Achievements |
今年度は当初研究計画の時点ではその存在すら未知であった、近代初期英語文化圏における疑似科学の文献を渉猟することが可能となったことで、リサーチの射程やカバーすべき分野の幅について、認識をあらたにし、研究対象・方法について再考を求められる結果となった。このことは本課題研究の補助金を原資として、研究代表者の所属機関に昨年度導入を果たしたEarly Enlish Books Onlineに負うところが大きい。 具体的には1660年の王立協会(Royal Society)設立を分水嶺として、輝かしい科学的・革新的知見の陰に、否定され破棄されていった「知の体系」の支持者たちが、近代科学の圧倒的な知見の前にどのような反論を構成することを試みたのか、そしてそれらの言説にはいかなる修辞学的伝統が援用されたのかというリサーチ・クエスチョンをたてて研究を遂行した。その過程において、近代科学の言説によって否定され反証される旧態依然とした「知の体系」が、それじたいの通史的伝統、さらには究極的には神学的権威付けを援用することで、近代科学の側の倫理観・宗教観の欠落を糾弾しようとするさまを読み解くプロセスを積み上げてゆくこととなった。この一連の「退けられた知」の側からの近代的自然科学に対する負け戦の言説には、ある特徴的なレトリックの構造的一貫性を読み取ることができる。 この「近代科学の発展への疑念」の修辞構造の伝統は、意外なことに、現代のわれわれにもなかば無意識なかたちで継承されているように思われる。Alternative truthや、あるいはたとえば遺伝子工学の大きな成果としてのクローン技術などへの、生命倫理・(一部の)宗教的保守主義などからの忌避反応のレトリックなどにも、その伝統は継承されているといってよい。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
3: Progress in research has been slightly delayed.
Reason
COVID-19への対応によって、国内外の研究リソースへの出張取材がまったくできなかったことにより、当初予定していた研究対象のうち、主として非言語的一次資料(絵画・彫刻・図版・建築装飾など)のリサーチが実質的にまったく手つかずの状況である。このことについてはEarly English Books Online導入に伴う文献資料の調査の利便性の飛躍的向上によって、(小さくない軌道修正を伴いつつも)あらたな切り口で別種の研究対象の分析を通じてながらも当初の仮説を裏付ける主張ができそうとの手応えを得つつあるが、このことによる研究の方向性の変更が、当初計画のタイムスケジュールと比較した場合、どの程度の進捗状況にあるのかということについては、現時点では即断できない。とはいえ今年度も地理的に遠距離の移動を伴うリサーチは困難が予想されることから、今回の研究・分析対象の変更・修正をそのまま踏襲・延長しつつ最終年度の研究成果報告にこぎつけたいと考えている。 そのいっぽうで、調査対象の所在地近郊在住の研究者たちとのインターネットを媒介とした交流によって、上記当初計画についても少なくとも部分的には遂行できる可能性もまだ諦めきれない。現時点では、主としてその研究対象・方法が、研究代表者のそれとはかならずしも重ならない領域の研究者へのアプローチが必然的なものとなるため、種々の困難や不確定姓を余儀なくされてはいるけれども、多様な情報源・ルートへの照会を継続しつつ、当初計画の実現に少しずつでも近づきたいと考えている。
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Strategy for Future Research Activity |
これまでの研究においてとりあえずの道筋を確立させた分析方法、すなわち、王立協会の構成員たちによって非科学的として退けられた俗習・疑似科学の側からの主張・反論について、その論拠と議論の修辞学的構成をたどる研究手法を踏襲しつつ、Early English Books Onlineを活用することで、可能な限り広汎な分野についてリサーチを行うことを、最優先としたい。 上述のとおり、海外出張を伴う非言語的一次資料についてのリサーチはおそらく絶望的であることから、研究はもっぱら文献資料をその対象とすることになるので、読解については修辞学的特徴の確認対象をさらにすすめて、近代科学の言説がみずからのアデンティティを確立すべく独自の修辞学的特徴を獲得してゆくさまも、あわせて研究対象としたい。この研究は、科学の言説の固有性、独立性の確立が、逆説的に同領域に、ある種の閉塞性、またはプロフェッショナリズムを到来させる契機を見極める作業となりうるはずであり、ひいては今日に至るまで、「信頼性を担保する言説」の文体論的・修辞学的伝統の形成について、その黎明期の状況を理解するための手がかりを模索する試みとなるはずである。 いっぽうそうした「科学的言説」の修辞の伝統は、それが退けてきた「非科学的」言説の側にも領有・横領されてゆくことで一般性・普遍性を獲得するに至ったという事実もまた、当時の一次資料の精読を通じて立証可能であろう。そのプロセスで立ち起こってくるのはパロディの効果を援用しつつ、敵対言説を貶める修辞的実践の応酬である。敵対勢力を無効化すべく展開されるパロディの毒は強烈である。本来彼我を分別すべく導入された指標が意図的に濫用されることにより、中立的読者はその立ち位置について大きな不安に投げ込まれるだろう。そしてまさに、時代を超えて継承されたこの伝統に、こんにちの言説の真正さの問題も連なっているのだ。
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Causes of Carryover |
当初研究計画で予定されていた海外出張がCOVID-19に関わる渡航制限・自粛により実行できなかったため。次年度においてはひきつづき感染症対策の推移を見守りつつも、基本的にはインターネットを通じて海外の研究者との交流の延長上に情報提供の機会を求めることで、可能な限り情報収集業務を充足させる方向で検討中である。 なおこの欠落に伴うリサーチの部分的遅滞に関しては、近接領域の先行研究文献を手がかりとした調査・研究により、時間的・質的に相当程度リカバリーが可能と考えられるので、当初計画で旅費として計上しておいた金額を一部文献購入のための物品費へと振り替えての執行となる予定。
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