2020 Fiscal Year Research-status Report
世紀転換期における文化意識の変遷とアメリカ文学史の形成
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19K00431
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Research Institution | Meiji Gakuin University |
Principal Investigator |
貞廣 真紀 明治学院大学, 文学部, 準教授 (80614974)
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Project Period (FY) |
2019-04-01 – 2022-03-31
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Keywords | 批評史 / ロバート・ルイス・スティーブンソン / アメリカ文学史 / 社会主義 / 環大西洋文化交流 / ラファエル前派 / ウィリアム・モリス / イラストレーション |
Outline of Annual Research Achievements |
本研究は世紀転換期における「文化・教養」(culture)の意義の変遷を検証し、そのアメリカ文学史形成への影響を考察するものである。アメリカ文学の制度化における作家や批評家、大学の環大西洋的な活動の射程を検証し、トランスナショナルな文化形成のプロセスを記述することを目的とする。 2019年度に「ヤング・アメリカの知識人」の「文化」意識とその底流にあるイギリス社会主義思想について論文を執筆、投稿したが、2020年度前半は論集編者とその修正、改稿作業を行なった(2021年度出版予定)。 2020年度後半は、ロバート・ルイス・スティーブンソンの児童文学の出版過程と流通について調査を行い、明治学院大学言語文化研究所主催シンポジウム(2021年3月14日)で発表した。本調査の結果、スティーブンソン著作のイラストレーションが、ラファエル前派やウィリアム・モリスの読書哲学を補強するものから、ハワード・パイルやN. C. ワイエスを通じて「アメリカ化」される過程を確認することができた。イラストレーションという大衆文学の受容様式を検証することで、19世紀イギリスにおける美学、労働思想の系譜をたどることが可能になるとともに、2021年度に研究予定のオスカー・ワイルド研究の土台を構築することができた。 また、F. O. マシーセン の晩年の自伝『ヨーロッパの心臓から』の分析を行ない、ホーソーン協会東京支部例会で発表した(2021年3月28日)。『翻訳』、『アメリカン・ルネサンス』、『メルヴィル詩選集』の編纂と続くマシーセン の批評活動を時系列を追って検証し、1940年代後半、アメリカ文学が東欧の多言語空間の中で再確立された状況を分析することで、アメリカ文学史の想像力のトランス・ナショナル、トランス・テンポラルな性質と、ホイットマンに代表されるアメリカ古典文学形成の関係を明らかにした。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
本研究を遂行するにあたり、具体的にサブテーマ(1)アメリカ文学の制度化とコスモポリタニズム、(2)ニューヨーク知識人とメルヴィル・リバイバル、(3)唯美主義「文化」とジェンダー・セクシュアリティ意識の展開の3点を設定したが、2020年度は(1)と(2)のテーマを継続発展的に扱うと同時に(3)の研究を開始した。 サブテーマ(1)として、スティーブンソン作品のイラストレーションを検証することで、アメリカのイラストレーションの確立におけるラファエル前派およびウィリアム・モリスの影響を確認するとともに、「読書」行為の位置づけが、モリスの社会主義思想に由来する「集中しない」ための行為から、教育と体験を重視する、映画の受容体験にも似た経験へと変容する過程を確認することができた。本研究成果はサブテーマ(3)世紀転換期の「唯美主義」の変容における環大西洋交流の影響に接続するものである。 また、マシーセン批評の検証によって、第一次大戦後のトランスアメリカの思想が30年代の新生『パルチザン・レビュー』 のデルモア・シュウォーツおよびニューディレクションズパブリッシュングとの交流を経て、ザルツブルク・セミナーに接続し、第二次大戦後に変奏される過程を確認することができた。冷戦体制確立過程期のアメリカ文学史確立における社会主義思想と東欧の役割を確認できたことは今年度の研究の最大の収穫であった。また、マシーセンの批評においてもアメリカ西部が重要な位置づけを与えられていることを確認し、今後研究を行うワイルドとアメリカ西部の関係分析の基礎を構築することができた。教科書や雑誌のみならずイラストレーションに調査対象を拡張し、また1940年代のアメリカ文学批評史に視点を拡張して検証を行った結果、サブテーマの3点ともに当初予定していたより多角的に、充実した研究成果をあげることができている。
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Strategy for Future Research Activity |
2020年度は、2019年度の研究成果を校正の前段階まで修正できたことに加え、ランドルフ・ボーンの「トランスナショナリズム」の反響を第二次大戦後に確認することができたため、サブテーマ(2)についてはほぼ完了、サブテーマ(1)についても東ヨーロッパを射程に含めた研究成果を上げることができた。今後はテーマ(1)アメリカ文学の制度化とコスモポリタニズムについて継続的に研究を行うとともに成果発表を準備し、2020年度のスティーブンソン研究によって土台を構築したサブテーマ(3)(唯美主義「文化」とジェンダー・セクシュアリティ意識の展開)について発展的に研究を行う。 当初の予定では2021年6月にスティーブンソン学会主催の国際会議で発表を行い、テーマ(1)およびテーマ(3)についての研究成果を専門家と意見交換行う予定だったが、学会開催の再延期が決まったため(2022年度に延期)、スティーブンソンとカリフォルニアにおける雑誌産業の活性化や西部における大学制度の変遷については長期的に研究を継続する。その際、西部の大学におけるアメリカ東部文学の受容やイギリス作家との関係など、アメリカ文学史確立の地域差や時差、質の違いを明確化し、アメリカ文学史の確立事情をより大局的な視点から考察する。 また、2020年度の研究成果であるラファエル前派の美学とモリスの社会主義の関係を踏まえ、アメリカ西部を注視しながらテーマ(3)イギリス唯美主義がアメリカにどのように流入し受容されたのかについて検証を進める。今年度も、海外出張及びオンライン学会での発表の可能性を探りつつ、オンラインデータベースの活用を中心にリサーチを進める。具体的には、オスカー・ワイルドを軸に雑誌の調査を進め、南北戦争から進歩主義時代にかけての「文化」のジェンダー化とでも形容しうる状況について考察を深める。
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Causes of Carryover |
2020年度は予定していたスティーブンソン国際学会が延期になり、海外出張ができなかったこと、また、パリ及びロンドンでアメリカ文学受容の現地調査ないし、カリフォルニアにおける資料調査を模索したが、コロナヴァイルスの影響で、渡航調査を見送ることになった。そのため旅費予算を使用しなかった。2021年度に延期されていたスティーブンソン国際学会は2022年度に延期になり、また、2021年度も、現状、ヨーロッパ及びアメリカでの現地渡航調査は難しい状況にあるため、年度後半の渡航調査の可能性を探りつつ、当面は入手可能な資料の取り寄せに予算をあて、データベースの調査や、国内で成果発表を行う。
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