2019 Fiscal Year Research-status Report
近代初期イングランドの法学院における文芸活動に関する文化史的研究
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19K00435
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Research Institution | Ritsumeikan University |
Principal Investigator |
竹村 はるみ 立命館大学, 文学部, 教授 (70299121)
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Project Period (FY) |
2019-04-01 – 2023-03-31
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Keywords | 法学院 / シェイクスピア / 中傷詩 / 喜劇 / 諷刺 |
Outline of Annual Research Achievements |
本年度は、法学院を発信源の一つとしてエリザベス朝末期からジェイムズ朝初期にかけて流行した中傷詩を考察し、それがシェイクスピア喜劇に与えた影響を精査した。ウィリアム・シェイクスピアの『十二夜』の祝祭性の重要な要素を占めている〈マルヴォーリオいじめ〉は、集団社会において笑いや冗談が他者をこらしめて排除する一種の懲罰として機能しうる事例として従来より批評的関心を集めてきた。本研究は、このサブプロットを同時代に生じていた笑いをめぐる文化の変質という観点で再考し、その背景に法学院文学が作用していた可能性を指摘した。〈マルヴォーリオいじめ〉に顕著な攻撃的で偏向的な機知は、16世紀末期に諷刺文学の隆盛と並行する形で流行した中傷詩の文化、とりわけこの劇が上演されたミドルテンプル法学院の知的・精神的風土と密接な関係を有している。法学院における中傷詩やエピグラムの流行は、他人を誹謗することを礼節の美徳にもとる下品な行為として批判した宮廷風の美学に真っ向から反発することで、より市民的な倫理観や価値観に根ざした都市文学を開拓しようとする新たな動きと連動している。本年度の研究では、〈マルヴォーリオいじめ〉に唄が用いられている点に着目し、これを中傷や誹謗にも詩歌が積極的に用いられたエリザベス朝末期の祝祭文化と絡めて考察することにより、『十二夜』の都市文学としての特性を照射した。研究成果の一部については、研究会において口頭発表を行った。 また、諷刺的な要素が強まることに危機感を覚えていた同時代作家に関する研究を併せて遂行し、読者層の分化が進行していた可能性を明らかにした。諷刺文学が標榜する批判的読者とは対極に位置する共感型の理想の読者モデルとして女性読者像が構築される過程を精査し、男性主義的傾向が強い法学院文学の受容を考察する上で有益な知見を得た。研究成果の一部については、学会発表を行った。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
3: Progress in research has been slightly delayed.
Reason
コロナウィルス感染拡大防止のため本務校より提起された出張自粛勧告に基づき、3月末に予定していたイギリスへの出張を取りやめたため、法学院の手稿文化に関する調査を実施することができず、当初の計画にやや遅れが生じている。
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Strategy for Future Research Activity |
法学院出身の劇作家ジョン・マーストンの喜劇作品を分析する予定である。ミドルテンプル法学院に入学するも、法曹界には進まずに諷刺詩人となったマーストンの詩作品・戯曲はいずれも法学院出身者ならではの怜悧な批判精神や諧謔を特徴とする。中でも、反宮廷演劇として知られる『ファウヌス』は、16世紀末から徐々に変容しつつあった法学院と宮廷の関係性を捉える上で興味深い。本作品を、1590年代以降の諷刺文学の流行、その際に法学院が果たした役割という文化史的観点から考察する予定である。また、法学院と商業演劇の影響関係を昨年度に引き続いて精査するために、シェイクスピアの市民喜劇『ウィンザーの陽気な女房たち』を、エリザベス朝末期からジェイムズ朝初期にかけて法学院を一つの磁場として勃興した都市文学の様相と絡めて分析する予定である。
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Causes of Carryover |
コロナウィルス感染防止のため本務校より提起された出張自粛勧告に基づき、3月下旬に予定していたイギリス出張をとりやめたため。事態が回復し、感染による脅威が解消されれば、出張を実施する予定である。
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Research Products
(4 results)