2021 Fiscal Year Research-status Report
アイルランド現代演劇/文学における「告白」の表象研究
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19K00461
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Research Institution | Waseda University |
Principal Investigator |
坂内 太 早稲田大学, 文学学術院, 教授 (60453990)
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Project Period (FY) |
2019-04-01 – 2023-03-31
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Keywords | アイルランド現代演劇 / 変身と変容 / 告白の表象 |
Outline of Annual Research Achievements |
本研究では、19世紀後半から20世紀後半のアングロ・アイリッシュ演劇の四作品(ディオン・ブーシコーによる1874年の戯曲『シャハローン』、W.B.イェイツによる1931年の戯曲『復活』、J.M.シングによる1903年の戯曲『谷の陰』、トマス・キルロイによる1968年の戯曲『ローチ氏の死と復活』)を対象として、死と復活のテーマと深く関連付けられた告白の表象について検討した。近現代の、英語で書かれたアイルランド演劇(いわゆるアングロ・アイリッシュ演劇)では、死と復活の劇的な描写とともに、率直な告白や無意識の告白が効果的に描かれることがある。上記の四作品は、書かれた時期も作風も大きく異なりながら、死と復活のテーマの効果的な活用において共通している。『シャハローン』では、巧みに演じられた死と復活の虚構が、様々な差異を超えた共同体の連帯感を強化し、策士達が内情を吐露する契機が描かれている。秘義的な歴史観に基づく『復活』は、理性によって十全に捕捉できない知恵への信念告白の戯曲化とも見なせる。『谷の陰』では、悪意に満ちた登場人物の偽りの死と復活の挙行が、図らずも主人公の抑圧された内面生活の告白に繋がる。『ローチ氏の死と復活』では、主人公がトラウマと対峙して内奥の苦悩を告白する契機として、悲喜劇的な仮死と蘇生の物語が展開する。 考察を通じて、いずれの作品も、登場人物たちの理性が一時的に武装解除され、社会通念上の体裁や感情の自制から解放されて、率直な告白体験を持つ過程を劇的に描き出していること、同時にまた、慣習的に教会や宗教的儀式が担ってきた告白体験の、世俗的な等価物とも言うべきものの表象を含んでいることが分かった。本研究では、少なくとも一世紀近くに渡ってアイルランド演劇において連綿と受け継がれてきた告白表象の文脈の一端を示し得た。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
3: Progress in research has been slightly delayed.
Reason
現代アイルランド演劇・文学における「告白表象」のリサーチとして、現地での文献調査や演劇アーカイブの調査を実施することが、本研究を遂行する上で、重要な前提であった。文芸復興期以前の演劇・文学諸作品の受容と、ナショナリズムと国家独立運動が次第に高まっていく20世紀初頭に至る重要な変革期の社会状況を踏まえて、とくに首都の市民生活に独特な影響力を発揮してきた劇場での舞台作品と戯曲中の告白表象の先駆について、またその後の発展や批判的継承の経緯について現地調査を行い、検討することが研究の重要な前提であった。あいにく、本研究の初年度に発生したコロナ禍が、アイルランドと日本に与えた社会的影響は予想以上に大きく、現地への渡航や滞在が事実上不可能となった。2021年度においても、研究推進者の所属機関における海外渡航の原則禁止の状況が続き、また、現地における資料アーカイブ類へのアクセスする困難さも継続していたため、上記の調査はいずれも断念せざるを得なくなった。本研究の重要なリサーチに含まれる、アイルランド演劇における告白表象に関する聞き取り調査については、アイルランド演劇界自体がコロナ渦の影響を大きく受けたため、本研究の海外協力者として聞き取り調査の対象となるはずの演劇関係者も、少なからず転職するなどの悲惨な状況が生じて、中断を余儀なくされた。 これらの調査の一部に関しては、2022年度での再開可能な見込みが立ったため、上述の調査方針に必要な修正を加えながら実施する予定で準備を進めている。
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Strategy for Future Research Activity |
アイルランドにおけるコロナ禍対応の諸規制が緩和され、研究推進者の所属機関の海外渡航の規制も緩和される見通しのため、現地調査を再開する予定である。今後も状況は予断を許さないため、コロナ禍の影響を注視しつつ、本研究での当初の予定であった、アイルランド文芸復興以前の演劇・文学における告白表象についての文献・アーカイブ調査を実施するのか、コロナ禍の発生以後に行った方向修正に従って、アイルランド演劇の現在における告白表象の調査を進めるのかを検討する。告白表象に関して、アイルランド文芸復興期の作品とモダニズム文学とに共通する要素の観察、また、文芸復興期の上演戯曲と現代アイルランド演劇の諸作品とに共通する要素の観察は、上記のどちらのリサーチにも関係する。最終的には、告白表象に関して、19世紀末からモダニズムを経て今日に至るアイルランド演劇・文学に通底する要素の検討を重要視する。 コロナ禍の発生以後に、アイルランド演劇で台頭してきたインターネット配信による演劇の試みと告白表象の展開については、観察と検討を継続する。演劇上演の主要な場所が、不特定多数の観客が集まって鑑賞する劇場空間から、個々人が配信を視聴するインターネット空間に移行し、舞台上の俳優と場内の観客達が同じ時間と空間を共有する上演形式から、無観客上演のライブ配信のように、演じる者と観劇する者の双方が分断された一方の側にいて、孤独に演じる/視聴する特殊な上演形式に移行するにつれて、一人芝居や(複数の登場人物が順番に物語るような)独白劇のような戯曲の受容が、アイルランドにおける従来の宗教的な告白とその聴聞との類似性を深めていると考えられ、新たな告白表象の展開として重要である。こうした状況下での新たな告白表象についても、本研究の視野に入れて検討したい。
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Research Products
(1 results)