2021 Fiscal Year Research-status Report
「死者との対話」-ケルト文化から見たH.ブロッホ『誘惑者』の文学と政治
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19K00468
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Research Institution | Niigata University |
Principal Investigator |
桑原 聡 新潟大学, 人文社会科学系, フェロー (10168346)
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Project Period (FY) |
2019-04-01 – 2023-03-31
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Keywords | ヘルマン・ブロッホ / 群衆狂気論 / 人権 / 地上における絶対的なもの / 『誘惑者』 / ナチズム / 回心 / ケルト文化 |
Outline of Annual Research Achievements |
本研究課題「『死者との対話』-ケルト文化から見たH.ブロッホ『誘惑者』の文学と政治」は、ブロッホの未完の長編小説『誘惑者』をケルト文化の視点から再解釈しようとするものである。ナチズムの時代に世界の調和を再獲得できるかという問いに答えることはブロッホの後半生における最大の課題であった。本研究課題は、1)『誘惑者』におけるケルト文化・神話の役割を明らかにし、2ブロッホにおける「死者との対話」の意義を解明し、その上で、ヘルマン・ブロッホの著作における神話・神秘主義の意義を解明しようとする。同時に、2)政治的要素がしばしば作品から切り離されて現実の政治的状況に関連づけられるブロッホ理解に対して、文学作品に描かれる政治的要素が作品構造の中でいかに扱われるべきかを、両者が明瞭に描かれている作品『誘惑者』において明らかにしようとする。 初年度において『誘惑者』におけるケルト文化の痕跡を精査した。 第二年度においてはこの作品と、ブロッホがこの作品と並んで構想・執筆していた「群衆狂気論」(未完)と密接に関連していることを明らかにした。 第三年度においては、『群衆狂気論』を精読し、個人が群衆に変化する起点としてブロッホが人間が個人としての意識・知性を失った「朦朧状態」Daemmerzustandを措定し、それが人間を「群衆」とする(人間の原始性への逆戻り)という発生論を展開していることを明らかにした。さらに、『群衆狂気論』の「地上における絶対的なもの」の章でブロッホは「人権」の法源が神にあるとし、それに基づいて群衆を知的な人間の「共同体」にするために民主主義的「回心事業」が必要であることを主張する。(ブロッホはそれを「群衆狂気に対する戦い」と名づける。)しかしながら「回心事業」の叙述は抽象性を免れていない。ここに理論および作品が未完成に終わった理由が求められるであろうことを明らかにした。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
令和三年度は、1)ブロッホの『群衆狂気論』を精読したことによって、ブロッホの理論と実践としての作品『誘惑者』との関連をさらに具体的にすることができた。さらに、2)群衆というものの分析と並んで『群衆狂気論』では、いかに「群衆」を知的で民主主義的な個人に「回心」させることができるかが大きな課題の一つとなりながらも十分に具体化できていないことがこの理論的著作が未完に終わった原因の一つであり、それは同時に小説『誘惑者』が未完に終わったことと密接に関連していることを明らかにすることができた。 他方、小説『誘惑者』最後近くに描かれる「ギソン母さん」と殺されたその孫イルムガルトとの「死者との対話」のモチーフについてはまだ完全に解明できていないことと、ブロッホと同時代のオーストリア法学者ハンス・ケルゼンとブロッホの思想の関係については課題として残っている。 令和3年度は『群衆狂気論』について予想以上の成果が挙がったが、上記の二点についてまだ課題が残ることから「おおむね順調に進展している」と評価する。
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Strategy for Future Research Activity |
ブロッホの政治・法思想と作品『誘惑者』との関連についてさらに考察を深める。 また、上に記したとおり、小説『誘惑者』最後近くに描かれる「ギソン母さん」と殺されたその孫イルムガルトとの「死者との対話」のモチーフについてはまだ完全に解明できていないことと、ブロッホと同時代のオーストリア法学者ハンス・ケルゼンとブロッホの思想の関係については課題として残っている。これについても研究を進める。
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Causes of Carryover |
最終年度に総括の国際ワークショップを計画していたが、Covid-19のために海外からの研究者を招聘することができなかったので一年延長を申請し、許可された。令和4年度に実施する予定である。
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Research Products
(2 results)