2020 Fiscal Year Research-status Report
フランス・ロマン主義文学における共属意識に関する総合的研究
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19K00479
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Research Institution | University of the Sacred Heart |
Principal Investigator |
畑 浩一郎 聖心女子大学, 現代教養学部, 准教授 (20514574)
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Project Period (FY) |
2019-04-01 – 2022-03-31
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Keywords | フランス文学 / ロマン主義 / 共属意識 / オリエンタリズム / 東方問題 / シャトーブリアン / スタール夫人 / ポトツキ |
Outline of Annual Research Achievements |
フランス・ロマン主義時代の共属意識のあり方を検討するにあたって、2020年度の研究はその射程の全域を視野に収めることを目指した。前年の2019年度はその黎明期に照準を当て、シャトーブリアンやスタール夫人の著作を通じて、異なる文化共同体に属する人々を前にした文学者たちの考えを見たのに対し、2020年度はむしろロマン主義の終焉の時期に、文学者の共属意識がどのように変化を遂げているのかという問題を考察した。具体的にはフロベールとデュ=カンのオリエント旅行(1849ー1851)を取り上げ、彼らが残したさまざまな資料ー旅行メモ、書簡、紀行文ーなどを通じて、ふたりの若い文学者が旅先で出会った現地の人々について、いかなる考えを抱いたかという点を検討した。 前年度の研究と合わせて確認できた点としては、文学者たちの共属意識の形成には、個人的な思想に加えて、当時の政治、外交の情勢が大きく影響を与えているという事実である。フロベールやデュ=カンがアラブ人やトルコ人に対して抱く印象は、その40年前にシャトーブリアンがこれらの人々を前にして持った考えと大きく異なっている。その理由には、この間に大きく変化した、フランスをはじめとしたヨーロッパ諸国と、オリエント諸地域の勢力バランスがあることは間違いない。 また第二の柱として、ポトツキの生涯と著作の検討も進めた。ポーランド貴族でありながら、言語的アイデンティティをフランス語に持つポトツキの著作は、「自他をわかつ境界とは何か」という問題を扱う本研究にとって極めて興味深い視座を与えてくれる。とりわけ2020年度はポトツキの残した何編かの旅行記を、19世紀初頭にヨーロッパ全体を覆った政治的動乱の中に位置づけることによって、いくつかの重要な知見を得ることができた。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
3: Progress in research has been slightly delayed.
Reason
本研究には、ふたつの重要な考察対象がある。1820年代のギリシア独立をめぐるヨーロッパ全体の機運と、1840年のいわゆる「オリエント危機」(Crise d’Orient)の際の文学者たちの反応である。2020年度にはしかし、これらの問題についてはいずれも深く考察するには至らなかった。ギリシア独立に関してはすでに別の文脈で検討したことがあるが(2016-2018年度「19世紀フランス文学におけるイマゴロジー研究 」基盤研究(C))、本研究の問題設定である「共属意識」という視点から考察を行うことによって、さまざまな意義ある知見を獲得できたはずである。 こうした研究の遅れは主に、2020年度に手がけたフロベールとデュ=カンの旅行体験にまつわるテキストの考察に時間を取られたことから生じている。フランス文学を代表する大作家であるフロベールが、若き日に友人のデュ=カンと行なったほぼ1年半にわたる地中海沿岸地域の大旅行については、これまでフランス本国においても本格的な考察の対象となってはこなかった。ところが、本研究の問題設定である「共属意識」という観点から見ると、ふたりの旅行者の残したテクストは極めて重要な記述を含んでいることが判明した。その全貌は未だ把握できていないが、これらのテクストの検討には当初想定していた以上の時間がかかった。ただしこれはむしろ研究の軌道修正といった意味合いが強く、研究そのものが遅延しているというわけでは必ずしもない。
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Strategy for Future Research Activity |
2021年度は本研究の最終年に当たるため、前2年間における検討の成果を総括していくとともに、 主に以下の二つの問題を軸に取りつつ、分析を進めていく。 1.ロマン主義時代のオリエント旅行記における共属意識の表れ方の考察。これまでの2年間での検討を通じて、本研究の主題となる「文学者の共属意識」は確かに小説や詩作品にも読み取ることができるものの、その表れは旅行記においてはるかに顕著であることが判明した。それゆえシャトーブリアン、ラマルチーヌ、ネルヴァル、ゴーチエ、フロベール、デュ=カンらのテキストを手がかりに、彼らが「彼我の境界」をどのように引いていくのかという問題を検討していくことにする。研究代表者はこれらの作品について既にかなりの知見を有しているが、「文学者の共属意識」という新たな視点からこれらの旅行記を再検討することによって、ロマン主義時代の文学者の考えを横断する形で、当時のフランス人の世界観をより正確に把握していくことを目指す。 2.ヤン・ポトツキの『サラゴサ手稿』(1810)の分析。この小説はとりわけ宗教という観点から、本研究の問題設定にとって重要となる。というのも、本作品ではキリスト教、イスラーム、ユダヤ教という三つの啓示宗教の教義が相対的立場、すなわちどれかひとつが他のふたつより優れているわけではないという考え方のもとに提示されており、それが物語の筋立てと密接に絡んでいるからである。研究代表者は、この大部の小説をこれまでの研究期間を通して既に日本語に翻訳している。さらにポトツキ研究の第一人者であるモンプリエ大学名誉教授のドミニック・トリエール氏と綿密に連絡を取りつつ、研究を進めている。日本ではまだあまり知られていない『サラゴサ手稿』の検討を通じて、「文学者の共属意識」という問題に新たな知見がもたらされるはずである。
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Causes of Carryover |
新型コロナウイルス感染拡大のため、予定していたフランスへの調査出張を行うことができなくなったため。
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