2021 Fiscal Year Research-status Report
フランス・ロマン主義文学における共属意識に関する総合的研究
Project/Area Number |
19K00479
|
Research Institution | University of the Sacred Heart |
Principal Investigator |
畑 浩一郎 聖心女子大学, 現代教養学部, 准教授 (20514574)
|
Project Period (FY) |
2019-04-01 – 2023-03-31
|
Keywords | フランス・ロマン主義 / 共属意識 / オリエンタリズム / 旅行記 / フロベール / ポトツキ |
Outline of Annual Research Achievements |
本研究3年目に当たる2021年度は、主にふたつの軸を設定して検討を行った。ひとつ目は、若き日のフロベールが友人デュ・カンと行なったオリエント旅行にまつわる資料の考察である。フロベールは旅の体験を最終的に公けにすることはなかったーこの点で、帰国後すぐに旅行記を発表したデュ・カンとは異なるーが、1年8ヶ月に及ぶ地中海東岸をめぐる旅の中で彼が考え、感じた事柄は、フロベールの残した膨大な旅行メモ、また数々の手紙などに詳細に記されている。これらの私的な文書を丹念に読み込むことで、若きフロベールが何をもって自他の境界線を引こうとしたのか、あるいはいかにそれを引くことの困難さに気付いたのかを洗い出すことができた。それと同時に、この旅行に至るまでに書かれたフロベールの若書きの作品を検討することで、彼が当初、典型的なロマン主義的オリエント観を抱いていた事実を確認することができた。オリエント旅行は確実に作家フロベールの共属意識を刷新する機会を与えたのである。これらの研究の成果を2021年12月に論文にまとめ、また翌2022年1月には十九世紀フランス文学研究会において発表を行なった。 二つ目の軸は、ポトツキの生涯と作品を検討することで、この時代の共属意識の表れの複雑さを探るという作業である。ポーランドの大貴族であるにもかかわらず、フランス語で思考、執筆を行うポトツキは、本研究で取り上げる検討対象として最適である。三度にわたるポーランド分割後、祖国を失ったポトツキはロシア宮廷に仕え、激動のヨーロッパをつぶさに観察する機会を得る。国籍、言語といった、一般に個人のアイデンティティを決定づけるとされる要素がいかに相対的なものであるかを、ポトツキの人生と著作が明瞭に示している事実を再確認した。
|
Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
当初の研究計画によれば、本研究は次の3つの問題を順次取り上げる予定であった。すなわち1. ナポレオンの エジプト遠征、2.ギリシア独立戦争、3.レバノンにおけるドルーズ派とマロン派の抗争である。このうち1と2については、これまでの研究を通じてそれなりに目に見える成果を出すことができた。その一方、3についてはまだほぼ未着手状態と言ってよい。3の問題設定は確かに、フランス・ロマン主義文学における共属意識を考察する上で極めて重要であり、その点では本研究の計画は遅滞していると言うこともできる。だがその一方で、2021年度は新たな研究成果が得られ、それによって本研究の射程が拡張したことも事実である。それはフロベールが行なった共属意識をめぐる明敏な考察を明るみに出したことである。フランス文学を代表する大作家であるフロベールであるが、これまでフランス本国においても、また日本においても、彼がオリエント旅行について書き残した資料を本格的に取り上げる研究はほとんどなかった。だがその資料ー旅行メモや書簡ーには、自分とは何か、フランス人とは何か、などといった共属意識をめぐる試行錯誤が随所に表れている。これらをさらに検討していけば、ロマン主義文学における共属意識をより具体的な形で抽出することが期待できる。 また本研究の研究代表者は、2022年秋にポトツキの『サラゴサ手稿』の翻訳を刊行することを予定している。そのための準備を行なう中で、この作家の持つアイデンティティの特殊性についてさらに理解を深めた。モンペリエ大学のドミニク・トリエール名誉教授とメールで何度も意見交換を行い、日本ではほとんど知られていないポトツキの生涯と作品について新たな発見をいくつか行なうことができた。
|
Strategy for Future Research Activity |
今後は次のふたつの方向で研究を進める。まず、予定していたものの、これまでの検討では手付かずとなっている問題の考察である。具体的には、レバノンにおけるドルーズ派とマロン派の抗争に関するラマルチーヌやネルヴァルの見解を通じて、宗教、国家、民族といった観点から共属意識の表れを見るということである。この検討には、文学的視点はもちろんのこと、歴史的、民族学的な資料や研究に目配りすることが肝要となる。 もうひとつはこれまでの検討で得られた新たな知見をさらに拡充・深化していくことである。フロベールのオリエント旅行にまつわる資料に見られる共属意識にまつわる記述を、同時代の他の文学者の考えと比較して検討していく。たとえばフロベールと共に旅をしたデュ・カンの旅行記には、こうした共属意識に関する問題意識は希薄であったことがすでに判明している。フロベールはなぜこの問題に敏感に反応したのか、他の文学者の場合はどうなのか、さらなる考察が必要である。 これらの研究を進めるにあたっては、現地フランスの研究者との意見のやりとりが必須となる。メールを通じた意見交換にはどうしても限界があり、十分な成果が得られない。新型コロナウイルスの感染状況にもよるが、2022年度はフランスへの研究出張を実施することを計画している。
|
Causes of Carryover |
新型コロナウイルス感染拡大のため、予定していた海外出張ができなかったため。2022年度はその出張の実施を予定している。
|