2019 Fiscal Year Research-status Report
鴎外の演劇翻訳・改作・創作に関する日独比較文体論及び文献学的詩学に基づく国際研究
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19K00481
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Research Institution | Meiji University |
Principal Investigator |
井戸田 総一郎 明治大学, 文学部, 専任教授 (40095576)
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Project Period (FY) |
2019-04-01 – 2024-03-31
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Keywords | 森鴎外 / ホーフマンスタール / 文献学的詩学 / ニーチェ受容 / 古典ギリシャ劇 / 曽我兄弟 / 仮面 / 沈黙の塔 |
Outline of Annual Research Achievements |
鴎外の演劇翻訳・改作・創作の特徴として、文献学的に過去のテキストを検証しながら演劇の新しい可能性を追求する姿勢をあげることができる。鴎外は演劇翻訳の最後の試みとしてホーフマンスタールの『オイディプスとスフインクス』を取り上げているが、これはホーフマンスタールにおける古典ギリシャ劇に関する文献学的研究と創作の融合のなかに鴎外が文献学的詩学の可能性を見ていたことに起因している。鴎外の『曽我兄弟』改作が、ホーフマンスタールによる『オイディプス王』改作の試みに刺激されていたことは明らかであるが、その詳細を分析するには文献学的詩学に関する研究が深められねばならない。 2019年8月、フランクフルトの研究機関 “Freies Deutsches Hochstift” において、ホーフマンスタールのニーチェ蔵書を調査し、文献学を創作と結びつける試みの源泉がニーチェの1870年後半期の著作にあることが明らかになった。ドイツにおいても十分に研究されていないこの分野について、ニーチェ読解の痕跡の本格的分析に着手することができた。鴎外がこの経緯を認識していたとは考えられない。しかし、鴎外の歴史的感性が文献学的詩学による文学領域の開拓へと導いたと考えられる。 2020年1月、フライブルク大学において”Nietzsche in Japan” の講演を行った。日本における最初の『ツァラトゥストラ』全訳の序文として鴎外の『沈黙の塔』が掲載されていることなど、日本におけるニーチェ受容の最初期に鴎外が存在することを明らかにした。鴎外の一幕物『仮面』など、鴎外のニーチェ読解の痕跡を詳細に報告し、多くの聴衆に鴎外の存在の重要性をアピールすることができた。この講演はYouTubeにアップされており、次のアドレスで視聴可能である―https://www.youtube.com/watch?=Zzmyw7EnlhY。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
文献学と創作を結びつけようとする試みは、19世紀後半期のヨーロッパにおける文献学批判のなかから生まれており、奥行きの深い研究領域である。日本の古典に関する豊かな知識や江戸期の学問の最先端を修得していた鴎外は、歴史的テキストを現代に共鳴させるために、さまざま言語表現技法を駆使することができた。標準語制定に至る19世紀後半期の日本語の様態に関する研究の深化は鴎外の演劇翻訳・改作・創作を分析するうえで不可欠のものである。さらに、これらのことをドイツ語や英語によって国際発信することが強く望まれる。鴎外は日本の歴史のなかでも屈指の国際人であり、当時のヨーロッパにおける文芸の大きな変革と共鳴するところが多く、その共鳴の様態を明らかにして紹介することは、日本の人文学にとって重要な課題だと言わねばならない。本研究は、その方向を目指してヨーロッパの研究機関との学術交流を深める基盤を築いたところである。
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Strategy for Future Research Activity |
フランクフルトの研究機関 “Freues Deutsches Hochstift”との関係をさらに一層深め、鴎外研究を通して、当研究所のテーマであるホーフマンスタール受容史に貢献するつもりである。ホーフマンスタールのニーチェ読解に関する実証的研究の分野においても、当研究所と連携して研究を遂行する必要がある。2019年11月にフライブルク大学に独立研究所「ニーチェ研究センター」が設立され、その研究プロジェクトの一つに「日本におけるニーチェ」を立ち上げることが決定している。報告者はその責任者に選ばれており、鴎外がニーチェ受容に果たした役割、あるいはその受容に影響された日本の知識人たちの業績について、詳細な分析を遂行する。また、フライブルク大学設置のシュニツラー研究所とも関係を構築し、日本における最初のシュニツラー翻訳者である鴎外の活動を紹介する予定である。 鴎外の演劇翻訳、改作、創作が日本の文芸の近代化に果たした役割については、さらなる資料収集と分析を進める。
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Causes of Carryover |
フライブルク大学及びバンベルク大学から研究者を招聘する予定であったが、先方の都合により実現することができなかった。いずれの研究組織とも密接な関係があるので、実現に向けて努力することを確認している。報告者が2020年1月に行ったフライブルク大学における招待講演に関わる出張経費、および同大学ニーチェ研究所さらにバンベルク大学で行った資料収集が主たる支出になった。 2020年度は国際的な人の往来が困難になると想定されるので、日本のニーチェ受容史における鴎外の役割・業績に関する詳細なドイツ語論文を作成することに集中し、それに必要な専門的知識の供与および文献・資料購入に予算を重点的に振り向けるつもりである。鴎外のニーチェ受容の成果は、『仮面』などの翻訳劇などに結実している。これらのことは欧米では全く紹介されていないので、2020年度について予算を論文作成に集中することは、鴎外研究の国際化に資すると考える。
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Research Products
(2 results)