2019 Fiscal Year Research-status Report
戦中・戦後期における科学的精神と反文明的思考の関係:シュルレアリスムとその周辺
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19K00486
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Research Institution | Kindai University |
Principal Investigator |
有馬 麻理亜 近畿大学, 経済学部, 准教授 (90594359)
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Project Period (FY) |
2019-04-01 – 2022-03-31
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Keywords | 戦争と科学 / 対抗文化 / アレクシス・カレル / ピエール・マビーユ / アンドレ・ブルトン / ポエム-オブジェ |
Outline of Annual Research Achievements |
本研究の主要な目的は、第二次世界大戦中において知識人は科学とどう向き合ったのか、そして戦後になって登場した反文明的思考といえる対抗文化は戦争によっていかなる影響を受けて登場したのかを明らかにすることであった。分析対象はシュルレアリスムとその周辺に絞り込み、「いかなる条件のもとで科学的知は魔術や民間伝承といった反文明的思考」に結びつくのかという問題や、科学的精神と反文明的思考を足がかりとして、シュルレアリスムとその周辺を例に「20世紀の知識人や科学者がいかに戦争とモラルという問題に直面したのか」という普遍的な問題に取り組むことを目指す。 当該年度に予定していたのは30年代以降にシュルレアリスム運動に参加した医師ピエール・マビーユと彼以外の対象の絞り込みを行うことと、彼のように科学者でありながら文芸や神秘主義に関心のあった人物を調査することであった。そのためフランスにおいて関連文献や資料の参照と収集を行った。 その成果として、第二次世界大戦中にベストセラーとなった『人間、この未知なるものか』の作者アレクシス・カレルとマビーユとを直接的ではないものの、間接的に結びつける人物や学術分野が判明した。この調査結果を再度取りまとめ、さらなる分析を加えて2020年度以降に発表する予定である。もう一つの成果は申請時に行っていた本研究の準備に関わるものである。本研究を申請するにあたって、発想の源泉となった医師マビーユとアンドレ・ブルトンの戦時中の影響関係を研究していた。その結果、ブルトンの「ポエム-オブジェ」とカテゴライズされるオブジェのうち、自画像とされる『行為者A・B の肖像』(1941)において、マビーユとの関係が影響を与えていることを明らかにした。この成果は「眼差しの交わるところ ポエム-オブジェ『行為者A・B の肖像』(1941)をめぐる一考察」という題のもと論文として発表した。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
先にも述べたように、当該年度に予定していたのは主に二つの問題である。① 30年代以降にシュルレアリスム運動に参加した医師ピエール・マビーユと彼以外の分析対象者や扱う科学的知識の絞り込みを行うこと②彼のように科学者でありながら文芸や神秘主義に関心のあった人物を調査することである。 マビーユの作品の読解そのものは、難解さから少々遅れているところはあるものの何とか進めている。一方、分析対象や分野の絞り込みについては比較的順調である。ピエール・マビーユは医師としての研究成果もあるが、比較的先行研究が少ない。しかし当時の文献の精査によって、上に述べたアレクシス・カレルとマビーユを間接的に結びつける人物や科学分野があることが判明したからである。この発見によって、彼らをつなぐ人間関係や医学者のコミュニティーを足がかりとして引き続き研究対象を明確にし、問題を絞り込むことが可能になった。また、両者が共通して関心をもっていた分野も明らかになり、「大戦間期から戦後という特殊な事情を抱えた時代における、科学精神のあり方」や、「20世紀の知識人や科学者がいかに戦争とモラル」という問題に直面したのかという本研究の持つ普遍的主題と関わる問題に近づいた。これらの状況から、おおむね当該研究の進捗状況は順調であるといえる。 ただし不確定要素もある。新型コロナウィルスの感染拡大により、今後海外での調査が困難になることが予想される。また、すでに所属学会の大会が中止になるなど、研究の成果を報告する媒体にも影響がではじめている。このような外的要因によって、2020年度の成果発表のタイミングがずれる可能性は否定できない。
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Strategy for Future Research Activity |
2020年度は、当該年度の研究成果を発表するとともに、政治的イデオロギーと科学の関係について取り組む予定である。例を挙げると、本研究課題の発想の源であるピエール・マビーユやシュルレアリスムに関わった知識人の政治思想、さらに彼らが参加した政治運動と、アレクシス・カレルをはじめとして本年度絞り込んだ分析対象の科学者たちとの思想的共通点や相違点を分析する予定である。取り組む際には、人民戦線を一つのキーワードとしたい。なぜならシュルレアリスムのメンバーのなかでも革新的傾向が強かったと思われるマビーユが人民戦線系の政治雑誌や新聞に投稿していたこと。また同時代に、シュルレアリスムに関わった知識人が出版した『異端審問』誌もまた、人民戦線と関係があるからである。一方、本年度分析対象としたアレクシス・カレルをはじめとする科学者たちについては、直接的に政治的な発言をしているものが少ないことから、政治家との関係(経済的援助など)や彼らの研究の受容の背景となるイデオロギーから研究を進めたい。 先にも述べたが、唯一の懸念は、新型コロナウイルスの感染拡大によって、海外での調査が遅れたり、発表の機会が減ることだ。前者の問題については、国内で取り組み可能な問題を先に扱うなどして、できるだけ研究に遅れが生じないようにしたい。成果報告に関しては、できるかぎり発表の場を確保するつもりであるが、難しい場合は、2021年度にする予定であった研究を先に進めておき、発表を翌年以降にまとめて行うなど柔軟に対処したい。
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Research Products
(1 results)