2020 Fiscal Year Research-status Report
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19K00495
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Research Institution | Ochanomizu University |
Principal Investigator |
田中 琢三 お茶の水女子大学, 基幹研究院, 准教授 (50610945)
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Project Period (FY) |
2019-04-01 – 2022-03-31
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Keywords | フランス文学 / ナショナリズム / モニュメント |
Outline of Annual Research Achievements |
本研究の2年目となる令和2年度は、モーリス・バレスの連作小説『国民的エネルギーの小説』3部作の第2巻『兵士への呼びかけ』(1897)の第11章「モーゼル川流域」におけるモニュメントの表象を検討した。 「モーゼル川流域」は主人公スチュレルとその友人サン=フランの旅行記という体裁となっているが、彼らのナショナリズムの高まりにおいて重要な役割を果たしているのが、二人が訪れるモーゼル川流域のモニュメント、特にフランス兵の戦没者記念碑などの墓碑である。これらのモニュメントはおもに革命戦争と普仏戦争の記憶を喚起するものであり、前者の栄光と後者の敗北が対比されることで、普仏戦争の敗戦によってドイツに政治的・文化的に侵略されつつあるロレーヌ地方の絶望的な状況が浮き彫りにされる。このようにドイツの侵略を想起させるモーゼル川流域のモニュメントは、スチュレルとサン=フランの愛国的なナショナリズムを喚起する契機となる。この「モーゼル川流域」はバレスが1896年9月に実際に行った旅行記に基づくものであり、作家自身のナショナリズムの形成過程を作品化したものである。その後、バレスのナショナリズムは、1898年6月の父の死によって深まった作家のロレーヌへの愛着や死者への崇拝によって増幅され、1899年3月の講演で「大地と死者」の理論として定式化されることになる。 以上のような内容の論文をフランス語で執筆し、日本比較文学会が刊行する『比較文学』第63号に投稿した。その論文は査読を経て2021年3月刊行の同誌に掲載された。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
科研費交付申請書に記した研究実施計画に従って、1年目にバレスの『国民的エネルギーの小説』第1巻の『デラシネ』に関する研究を実施した後、2年目の本年度は第2巻の『兵士への呼びかけ』を取り上げ、この作品におけるモニュメントの表象について研究を進めることができた。さらに今年度は、その研究成果をまとめたフランス語の論文を、厳しい査読を通過して比較文学の専門誌に発表することができたが。これは本研究の価値が第三者によって客観的に認められたことを証明するものであろう。この論文では、バレスがモーゼル川流域のいくつかのモニュメント、特に普仏戦争の戦没者記念碑を訪れたことが、バレスの国家主義的なイデオロギーの形成に重要な役割を果たしていることを示すことができた。そして、この研究の過程で、フランソワ・ブロッシュらによるバレスの評伝や『我が手帳』と題されたこの作家の手記を精読することを通して、「大地と死者」の理論を確立するに至るバレスの思想的変化を分析し、そのいくつかの内的要因、例えば、親友の死、交流のある文学者の死、父の死、バレスの家系の発祥の地であるオーヴェルニュ地方への旅行の影響などを明らかににすることができた。さらに、3年目の研究の準備として、バレスの後期作品におけるモニュメントの表象を検討するとともに、『国民的エネルギーの小説』以後のこの小説家の思想に関する先行研究や資料を収集し、その分析を行った。 1年目に続き2年目も新型肺炎の影響によって、フランスに出張して調査や発表を行うことはできなかったが、インターネットを通じてバレス研究の情報収集の把握に努めた。
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Strategy for Future Research Activity |
これまでの2年間に実施した研究の成果を踏まえながら、最終年度となる3年目は、後期のバレスの代表作である『霊感の丘』(1913)を取り上げ、この小説におけるモニュメントの表象を研究する。バレスは『国民的エネルギーの小説』三部作(1897‐1902)を刊行した後、政治的イデオロギーとしてのナショナリズムから次第に脱却し、宗教的思索を深めながらカトリシズムに接近する。この時期に書かれた『霊感の丘』はバレスが初めて宗教の問題を中心的なテーマに据えた作品であり、ロレーヌ地方のシオンの丘を舞台に実在の宗教的指導者を主人公にした歴史小説でもある。 まず、バレスの手記である『我が手帳』や彼が発表した記事などを分析して、『国民的エネルギーの小説』の完結から『霊感の丘』の発表までの間の10年間に、バレスの思想がどのように変容したのかを、この作家における宗教や信仰の問題、特にカトリシズムに対するという側面から考察する。そして『霊感の丘』における中世の塔、鐘楼、聖母マリア像、墓碑などのモニュメントの表象が、この時期のバレスの思想的変化や宗教観とどのように関係しているのかを検討する。また『霊感の丘』におけるモニュメントの物語的、イデオロギー的機能を『デラシネ』と『兵士への呼びかけ』のそれと比較して、この歴史小説におけるモニュメントの表象の特徴の浮き彫りにする。 これらの研究の成果は、学術雑誌に論文として発表したり、シンポジウムなどで口頭発表を行うほか、個人ホームページに掲載して広く公表する予定である。
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Causes of Carryover |
新型肺炎の世界的な流行のため、令和2年度に予定していた資料収集や発表のためのフランスへの出張を取りやめにせざるをえなくなり、そのために確保していた予算を令和3年度に繰り越すことになった。新型肺炎の状況によっては本年度も海外出張が取りやめになる可能性があるが、その場合は本研究を公開するための個人ホームページのリニューアルや、国内外の研究者とオンラインによる情報交換を行うために必要とされるインターネット用機器の購入、バレスに関係する文献・資料の購入費などにあてたい。
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Research Products
(1 results)