2021 Fiscal Year Research-status Report
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19K00495
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Research Institution | Ochanomizu University |
Principal Investigator |
田中 琢三 お茶の水女子大学, 基幹研究院, 准教授 (50610945)
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Project Period (FY) |
2019-04-01 – 2023-03-31
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Keywords | ナショナリズム / カトリシズム / モニュメント / フランス文学 / モーリス・バレス |
Outline of Annual Research Achievements |
本研究の3年目となる令和3年度は、フランスの作家モーリス・バレスの後期の代表作とされる小説『霊感の丘』(1913)におけるモニュメントの表象と、その表象から読み取ることができるバレスの伝統主義的な思想について検討し、研究の成果をフランス語の論文にまとめて2022年3月に刊行された所属大学の紀要に発表した。その論文の内容は以下の通りである。 『霊感の丘』は、正統的なキリスト教のローマ・カトリック教会と、異教である土着のケルト的な信仰の対立をテーマにしているが、物語においてモニュメントはこの二つの宗教と結びついたものとして登場する。教会や修道院など石でできた堅牢なモニュメントは制度化されたカトリック教会を象徴するものであり、他方で、墓や廃墟など死と関係するモニュメントは、霊的存在と交流するケルト的な死者崇拝の場として表象されている。また『霊感の丘』の舞台となったロレーヌ地方のシオン=ヴォ―デモンの丘そのものが、歴史的な記憶を喚起するひとつのモニュメントであり、バレスにとってはロレーヌの民族性を体現する聖地であるという意味で、フランスという国家にとって聖地とされるパリのサント=ジュヌヴィエ―ヴの丘と類似している。実際、バレスはこれら二つの丘を「ノアの方舟」や「避難所」という共通した聖書的イメージを用いて表現しており、この作家のナショナリズムにおける聖地の重要さがうかがえる。 以上のような分析を通じて、『霊感の丘』におけるモニュメントの表象は、作者の伝統主義的なナショナリズムや宗教観、特にカトリシズムとケルト的な信仰に対する両義的な態度が反映されたものであり、この時期のバレスの政治的・宗教的な立場を理解するうえで重要な手がかりを提供していることが明らかとなった。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
本研究ではこれまで3年間にわたって、当初の研究実施計画の通りにモーリス・バレスの主要な小説を順次取り上げ、それらの作品におけるモニュメントの表象について考察を深めてきた。具体的には、初年度は『国民的エネルギーの小説』の第1巻『デラシネ』(1897)を研究対象として、パリの代表的なモニュメントのひとつである霊廟パンテオンの表象を検討し、2年目はその第2巻『兵士への呼びかけ』(1900)に含まれるモーゼル川流域の自転車旅行のエピソードに注目し、この旅行記に登場するモニュメント、特に普仏戦争の戦没者記念碑の物語的・イデオロギー的機能について分析した。これらの研究ではモニュメントの表象のあり方を考察するだけではなく、その考察を通してバレスの「大地と死者」のナショナリズムの生成過程の一端を明らかにすることができた。 3年目は、この2年間の研究成果を踏まえつつ、『国民的エネルギーの小説』の刊行から10年以上経過した1913年に発表された『霊感の丘』を取り上げ、この小説におけるモニュメントの表象を検討したが、これは19世紀末のドレフュス事件を機に成立したバレスの伝統主義的なナショナリズムがどのように変容したのかを解明する試みでもあった。つまり当初は極めて政治的であったナショナリズムが、カトリシズムと土俗的な異教の対立という問題を通して宗教性を帯びた思想に深化していくプロセスが、小説におけるモニュメントの表象にも反映されているのである。このように本研究は、モニュメントというテーマを軸にしながら、記念碑の記憶にまつわる問題だけではなく、バレスの思想的な変化の有り様も解明してきたという点において順調に進展しているといえる。
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Strategy for Future Research Activity |
今後は、これまで3年間に実施した研究の成果を踏まえたうえで、日本ではほとんど研究がなされていない『霊感の丘』以後、つまり第1次世界大戦(1914‐1918)の戦中戦後のバレスの思想をモニュメントという観点から考察したい。 この時期の晩年のバレスが著作や演説において頻繁に言及しているのが、この作家と同じくロレーヌ地方出身のジャンヌ・ダルクであった。大戦中のバレスは、ジャンヌのことを党派を超えてフランス国民を統合しうるシンボルとして称え、戦意高揚のプロパガンダのために利用した。他方で、ジャンヌはこの小説家にとって、カトリックの聖女であるとともに、生い立ちにおいてはケルトの異教的な影響を受けている両義的な存在であり、晩年のバレスの宗教的な思索の主たる対象となった。バレスにおいて、ジャンヌ・ダルクという特権的な存在がどのような意味を有していたのかを、この作家が毎年献花の儀式を行っていたパリのピラミッド広場のジャンヌ・ダルクのモニュメントに関する考察を出発点にして分析していきたい。 そのために、可能であれば前年度まで新型コロナウィルスの流行の影響で行うことができなかったフランスにおける調査等を実施しながら、その成果を論文にまとめて学術雑誌に発表したい。さらに本研究の集大成となるべき国際シンポジウムの開催にむけての準備を進めたいと考えている。
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Causes of Carryover |
2021年度と2022年度の新型コロナウィルスの世界的な流行により、計画していたフランスにおける文献調査を実施することができず、予算を執行できなかったので次年度使用額が生じた。2022年度は感染状況が改善すれば実施する可能性があるフランスにおける文献調査や、研究書などの書籍の購入、あるいは研究成果の発信のための新たな個人ホームページの開設などに助成金を使用する予定である。
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Research Products
(1 results)