2019 Fiscal Year Research-status Report
バイフ及びヴィジュネールと16世紀ヘブライ詩学:「詩」概念の新たな展開と実践
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19K00511
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Research Institution | Doshisha University |
Principal Investigator |
伊藤 玄吾 同志社大学, グローバル地域文化学部, 准教授 (70467439)
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Project Period (FY) |
2019-04-01 – 2024-03-31
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Keywords | ルネサンス詩学 / 16世紀ヘブライ語学 / 16世紀フランス詩 |
Outline of Annual Research Achievements |
本研究の目的は、ヘブライ語詩に関する16世紀の学者・詩人たちの考察を詳細に検討し、それらがフランスにおける新たな詩の概念の形成及び創作の実践においていかなる刺激を与えたのかを具体的に明らかにすることにある。その学術的独自性は、(1)16世紀フランスのヘブライ語学者や詩人達が参照したと考えられるヘブライ語及びラテン語による重要文献を丁寧に読み込み、そこに見られる「詩」概念とヘブライ語詩の創作の実践について詳細に分析することにあり、(2)その上で、16世紀フランス詩人における旧約聖書詩篇の翻案について、それを単なるヘブライ語原典との比較研究にとどまらせることなく、詩の創作そのものに関わる、詩学上の最も重要な問いを深める場として、また挑戦的な実践を求める場として捉え直すところにある。 初年度である2019年度は、本研究の堅固な土台を作るための文献学的・書誌学的調査が中心となったが、M. J. Heller等の先行研究を手がかりに調査を行い、フランスのヘブライ語研究の黎明期である16世紀初期に使用された文法書や辞書類、註釈類についての調査を行うとともに、新たな歴史批判的聖書研究が誕生する直前の17世紀初めまでの諸文献がカバーしている領域を確認する作業を行なった。その結果、ルネサンス期フランスにおけるヘブライ語と詩法に関する議論の射程を大枠ながら捉えるための土台が整いつつある。 さらに、上記の調査を進める中で、本研究の出発点においてはまだ十分に意識されていなかった重要な視点を獲得することもできた。それは、同時代のヨーロッパの文芸の動向に造詣の深い、主にイタリア在住のユダヤ系の学者や詩人がこうした同時代のキリスト教世界の諸傾向をどのように捉えたのか、という視点である。この視点を深めるため、今後はイタリアのユダヤ教徒知識人たちや同時代のヘブライ語詩人たちの著作に関する調査も始めることになる。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
現在は16世紀のフランスに出版された詩論に関わるヘブライ語及びラテン語文献の詳細な書誌リスト作成の中間段階にある。M. J. Heller及びS.K-Mesguichに代表される既存の書誌学的研究を手掛かりにし、さらに自らフランスに赴き国立図書館を中心に写本も含めた書誌情報を精査するとともに、入手可能な文献の収集を続けている。 16世紀初頭のalphabetumのように文字だけが紹介されているようなごく簡素のものから、より充実した文法と語彙、そして聖書ヘブライ語だけではなく、様々な時代のラビ文献の読解へと導くだけの水準に達している中期のもの、そして後の歴史批判的聖書研究へと繋がる要素を含んだ16世紀末の文献に至るまで、直接閲覧可能なものはできるだけ手に取って確認し、それ以外はマイクロフィッシュなどで調査を進めている。なお今回の調査において、16世紀末までのフランスにおけるヘブライ語研究や詩学研究が達した水準を示す重要な文献の一つであるLinguae Hebraicae Institutiones..., Lutetiae, 1609の実物を専門の古書市で入手できたことは、大きな成果であった。 2019年度に内容の確認のできた文献が本研究で使用予定の資料の全てではないが、各種文献の閲覧が当初考えていたより比較的スムーズに進んだことは、本研究を遂行する上で有利に働いている。また2019年10月に、ルネサンス期の旧約聖書「雅歌」の翻案に関する重要な先行研究の著者であるジュネーヴのMax Engamarre教授が来日した際には、様々な意見交換を直接行う機会を持ち、今後の研究のために有益な指針を得ることができた。 さらに、ヨーロッパ詩学とヘブライ詩学の相互作用という新たな視点に関しても、D. Bregmanによるルネサンス期のヘブライ語ソネットの研究を大いに参考にして考察を進めている。
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Strategy for Future Research Activity |
今後は16世紀フランスを中心とした書誌学的・文献学的研究をさらに継続するとともに、2019年度中に収集した諸文献の詳細な読解と分析、主要な論点の整理を行う予定である。特にJudah HaleviのKuzari(及びJ. ブクストルフによるラテン語訳)、Moshe ibn HabibのDarke Noam、David ibn YahyaのShekel ha-Kodesh(及びG. ジェネブラールによるラテン訳)、Elija LevitaのPirqey Eliahu(及びS. ミュンスターによるラテン訳)といった重要文献において、詩のリズムや韻律の問題がどのように捉えられ議論されているかを整理し分析する。 また、聖書ヘブライ語の詩篇やアラビア語詩からの影響の強い中世ヘブライ詩に加えて、ヨーロッパのトスカナ語やオック語の伝統から生まれた詩の韻律形式やテーマ、表現のトポスがどのようにイタリアのユダヤ系学者や詩人に影響しているのかを、Azaria de' Rossi, Me'or 'Enayim(1573年)やDvora Bregmanの研究書を参考に探っていく。 16世紀フランスでは公式な形でのユダヤ教徒の存在は認められていなかったが、その一方で、フランスの人文学者や詩人たちの多くがイタリアにおいて聖俗の両方の文脈でユダヤ教徒の学者や詩人と交わっていることから、今後はその交流の系譜をできるだけ詳細に調査したいと考えている。重要な調査の対象となるのは、宗教改革との関わりも深く、旧約詩篇の重要なフランス語翻案を行った詩人クレマン・マロの滞在したフェラーラや、本研究の軸となる詩人ジャン=アントワーヌ・ド・バイフの父で人文学者でもあったラザール・ド・バイフが滞在したヴェネチア、そして16世紀フランス詩学の中心的存在と言えるデュ・ベレーの滞在したローマの状況である。
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Causes of Carryover |
外国へ発注した一部の書籍が、配送の遅延により、当該年度に到着しなかったため。 それらの書籍については次年度予算から支払い予定。
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