2021 Fiscal Year Research-status Report
バイフ及びヴィジュネールと16世紀ヘブライ詩学:「詩」概念の新たな展開と実践
Project/Area Number |
19K00511
|
Research Institution | Doshisha University |
Principal Investigator |
伊藤 玄吾 同志社大学, グローバル地域文化学部, 准教授 (70467439)
|
Project Period (FY) |
2019-04-01 – 2024-03-31
|
Keywords | ルネサンス詩学 / ルネサンス期ヘブライ語研究 / 16世紀フランス詩 / 詩篇翻訳 |
Outline of Annual Research Achievements |
本研究の目的は、ヘブライ語詩に関する16世紀の学者・詩人たちの考察を詳細に検討し、それらがフランスにおける新たな詩の概念の形成及び創作の実践においていかなる刺激を与えたのかを具体的に明らかにすることにある。すなわち(1)16世紀フランスのヘブライ語学者や詩人達が参照したと考えられるヘブライ語及びラテン語による重要文献を丁寧に読み込み、そこに見られるヘブライ語詩の特殊性の理解、とりわけギリシア・ラテン詩との共通性と差異の認識、そしてそこから生まれる新たな「詩」概念について考察すること、(2)16世紀フランス詩人における旧約聖書詩篇の翻案について、単なるヘブライ語原典との比較研究に終わることなく、そうした翻案が、詩の創作そのものに関わる、詩学上の最も重要な問いを深める場として、また挑戦的な実践を求める場と機能していたことを明らかにすることにある。 本研究の3年目となる2021年度は、新型コロナウィルス感染症の収束の遅れにより海外の図書館や研究機関に赴いての現地調査が困難となったため、これまで収集した資料の分析と読解を進めた。16世紀初期以降、主にフランスの王立教授団を中心にヘブライ語教育に関わった学者たちの背景をより詳細に整理するとともに、実際に使用された個々の文法書や辞書類の特徴を分析し、それぞれが中世のユダヤ学者による文法的著作や詩学に関する議論とどのように繋がっているのかを考察する作業を進めた。具体的にはラシ、イブン・エズラ、ダヴィッド・キムヒらの詩篇注解や『詩篇ミドラッシュ』、さらに『ゾーハル』をはじめとするカバラ文献がどの程度この時代のクリスチャン・ヘブライストの詩篇理解に入り込んでいるのかを可能な限り探る作業であり、これは旧来の16世紀の詩篇翻案研究では十分掘り下げられていない点であることから、本研究により深みを与えるものとなろう。
|
Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
3: Progress in research has been slightly delayed.
Reason
2021年度は8月および2月に本研究の堅固な土台を築くためのさらなる文献学的・書誌学的調査をフランスおよびイスラエルなどで行うことを計画していたが、新型コロナウィルス感染症の収束の遅れにより現地への渡航が困難で、この方面における新資料の調査を十分に進展させることができなかった。 海外での調査が不可能になった一方で、関連するユダヤ教関連の文献を使った調査・研究については京都のユダヤ教シナゴーグの蔵書を一部利用させてもらうなどして幾らか補うことができた。 こうした状況の中で2021年度の研究の中心となったのは、16世紀に印刷本の形で流布し始めたユダヤ教文献のうち詩文に関する何らかの言及があるものを読み込む作業であった。中世のラシの注解において聖書ヘブライ語本文の難解な語句の解説において当時のフランス語の単語を引用して説明している場合が度々あるが、そうした注解が実際の詩篇の翻訳において、フランス16世紀のヘブライストたちによってどのように活用されたのか(もしくはされなかったのか)、またその他の文法学者たちの文字に即した解釈の他に、16世紀にイスタンブールやサロニキで出版された、間テクスト性を前面に出す『詩篇ミドラッシュ』に見られるダイナミックで多様な解釈はどのように読まれたのか、また多くのクリスチャンヘブライストの関心の的となっていたカバラ文献との関わりはどうかといったこともこの研究においては見逃してはならない要素であることが、より明らかになってきた。
|
Strategy for Future Research Activity |
今後の予定は以下の通り。(1)16世紀に出版されたヘブライ語詩に関する各種文献の書誌リストをM. J. Heller及びS.K-Mesguichに代表される既存の書誌学的研究を手掛かりにしさらに充実させるとともに、具体的に入手可能な文献の収集を続けていく。(2)ユダヤ教側の諸詩篇注解、およびMoshe ibn Habib, David ibn Yahya, Elija Levitaらの詩論関連の著作と、それをラテン語に移し替えてキリスト教界の読者層に考察の材料を提供したS・ミュンスターやG・ジェネブラールらの著作分析を行う。(3)ユダヤ教からヨーロッパ世界への一方向的な影響関係だけではなく、ヨーロッパの文芸思潮がユダヤ教文芸に影響を与えて詩の概念を広げたという側面もルネサンス詩学を考える上では重要であるため、当時この分野の先進地であったイタリアで出版されたヘブライ詩に関する文献や論文についても調査を進める。聖書ヘブライ語の詩篇のみならずアラビア語詩からの影響の強い中世ヘブライ詩に加えて、ヨーロッパのトスカナ語やオック語の伝統から生まれた詩の韻律形式やテーマ、表現のトポスがどのようにイタリアのユダヤ系学者や詩人に影響しているのかを、Azaria de' Rossiの著作などを参考に考察する。(4)これに関連して、イタリアで学んだフランスの人文学者や詩人たちが現地のユダヤ教徒の学者や詩人とのどのような交流を保ったのかも可能な限り調査していきたい。とりわけ宗教改革との関わりも深く、旧約詩篇の重要なフランス語翻案を行った詩人クレマン・マロの滞在したフェラーラや、本研究の軸となる詩人ジャン=アントワーヌ・ド・バイフの父で人文学者でもあったラザール・ド・バイフが滞在したヴェネチア、そして16世紀フランス詩学の中心的存在と言えるデュ・ベレーの滞在したローマの状況について調査を深める。
|
Causes of Carryover |
2021年度は新型コロナウィルス感染の国内外での再拡大が度々見られ、収束が遅れたため、2021年8月および2022年2月に予定していた海外の図書館・研究機関での調査が困難になったことにより、旅費および現地滞在費として設定していた分が未使用となってしまった。これが次年度使用額が生じた主な原因である。今後、主たる調査予定地であるフランスもしくはイスラエルへの渡航が可能になり次第、この前年度未使用分を活用して渡航し調査を行う予定である。さらに研究で使用する文献の海外からの取り寄せも、より早めに、より計画的に、より確実なルートで進めることによって、次年度予算の効果的な運用を行う予定である。
|