2021 Fiscal Year Research-status Report
Project/Area Number |
19K00512
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Research Institution | Kwansei Gakuin University |
Principal Investigator |
村山 功光 関西学院大学, 文学部, 教授 (20460016)
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Project Period (FY) |
2019-04-01 – 2023-03-31
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Keywords | グリム兄弟 / ロマン主義 / イメージ学 / 文化学 / ジェンダー / メタファー / 近代批判 |
Outline of Annual Research Achievements |
グリム兄弟の〈イメージ的思考〉の射程と構造を明らかにすべく、彼らが民間伝承の理想的な受容形態を授乳のメタファーを用いて思考し唱導していることを解明した。この研究の成果は、論文「グリム兄弟の〈母乳メタファー〉― 近代市民社会におけるメールヒェンの受容をめぐって」(『人文論究』関西学院大学人文学会、第71巻第3号、2021年)にまとめて発表した。 グリム兄弟は、メールヒェンなどの民間伝承は無自覚的に、つまり文字に寄らず口伝えで、声と身体をメディアとし、また愛情を伴って、(理解力の未発達な乳幼児であっても)子どもの心身に〈語り込まれる〉べきだと考え、いわば〈母乳〉のように吸収されるイメージを描いていた。このメタファーは一見、若い男性兄弟のロマン主義的な空想のように思われるかもしれないが、1800年期の〈母乳をめぐるディスクール〉の文脈で捉えると、興味深い連関が浮かび上がる。すなわち、18世紀後半以降、母乳(特に実母の)は乳児の成長にとって代替不可能な栄養源と規定され、実母の授乳を通じた養育が人間性の発達の土台となると主張され、有用で健康な国民の育成のために授乳が法制により義務化されていき、医学・衛生学・栄養学、教育学・人間学、政治・法学などの領域で〈母乳〉の重要性が〈学問的に〉重要なテーマとなったのだ。その中でグリム兄弟は文献学者として、近代的分裂を病む人間が〈自然性〉を再獲得できるよう、〈自然ポエジー〉を授乳のように受容することを構想した。その際に、何が〈適切な〉文学ジャンルか、その民族的・民衆的に〈正しい〉形が何かは、兄弟の学術性にゆだねられる。つまり、〈母乳〉をめぐってさまざまな学問領域が協働して〈母乳イデオロギー〉を形成しており、グリム兄弟もその一翼を担っていたのである。知の諸領域が提供するイメージの絡み合い、および学術とイデオロギーの密接な関係の一端が明らかになった。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
3: Progress in research has been slightly delayed.
Reason
2021年度もコロナ禍が収束せず、予定していたドイツの文書館・大学図書館での調査および研究者との打ち合わせができなかったが、日本国内でできる範囲に集中して研究を行った。グリム兄弟の思考方法を〈イメージ学的〉に解明する上で、18世紀後半から19世紀前半にかけてのドイツ語圏の書籍・雑誌にあらわれた図像をできるだけ多く調査したいが、実現できていない。
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Strategy for Future Research Activity |
コロナ禍とウクライナ戦争の状況を注視しつつ、可能であればドイツで調査・打ち合わせを実施し、上述の図像資料を収集したい。また、今までメールで通信を維持してきたドイツ語圏の研究者(フランクフルト大学、フンボルト大学、チューリヒ大学)と、対面で研究の打ち合わせを行いたい。特に、物語研究の国際誌 "Fabula" に編集協力者として参与しているため、2025年に予定されている「日本における『グリム童話集』の受容」特集号の打ち合わせを予定している。 民間伝承のポエジーをめぐるグリム兄弟の〈イメージ的思考〉を解明するために、今まで〈植物メタファー〉、〈理想の女性語り手の肖像〉、〈母乳メタファー〉を取り上げてきたが、さらに〈風景メタファー〉、〈自然化する人間(子ども・民衆)〉、〈水メタファー〉などに取り組む。 本研究は、従来の〈思想史的系譜学〉的研究とは異なる〈文化学的アプローチ〉に基づいて構想されている。19世紀初頭のグリム兄弟の思想を直接の対象としているが、他の対象・時代の考察にも適用できる普遍性があると思われる。すなわち、ある時代の社会に共有されたさまざまな出自・分野の〈イメージ〉と思想・思考の協働のメカニズムを明らかにすると同時に、ナショナリズム、ジェンダー、メディア、異文化表象、文化批判などの問題を射程に入れているのだ。個別研究でありながら、方法論をも提示したい。この研究成果をまとめて、将来的にドイツ語と日本語で書籍として出版したい。
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Causes of Carryover |
予定していたドイツでの現地調査がコロナ禍の影響で実施できなかったため、旅費を支出していない。2022年度に、環境が整えばドイツでの調査・研究打ち合わせを行いたい。それが不可能な場合(コロナ禍・ウクライナ情勢の影響など)、資料購入に当てる。
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