2019 Fiscal Year Research-status Report
大正後期―昭和期の日露文学比較研究:自叙と歴史叙述の問題に即して
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19K00517
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Research Institution | Kyoto University |
Principal Investigator |
中村 唯史 京都大学, 文学研究科, 教授 (20250962)
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Project Period (FY) |
2019-04-01 – 2023-03-31
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Keywords | プロレタリア文学 / 転向文学 / ゴーリキー / 徳永直 |
Outline of Annual Research Achievements |
本研究課題は、大正末期から昭和期にかけての日本文学とロシア/ソ連文学の比較研究を、①徳永直に対するゴーリキーの影響、②本多秋五のトルストイ『戦争と平和』論、③原民喜とオリガ・ベルゴーリツの比較研究(20世紀日露両文学における死者の想起と鎮魂の問題)、④「内向の文学」と「抒情的散文」の比較という4つのトピックに焦点を当てて考察しようとするものである。 今年度は、これらのうち、主に大正末期から昭和戦前期の日本プロレタリア文学と、それに続く転向文学、およびこれらに有形無形の影響を及ぼしたロシア(ソ連)の文学理論とゴーリキーの研究に重点を置いた研究を行った。 文献資料として、葉山嘉樹、徳永直、中野重治、本多秋五等の作家・批評家の著作と、彼らに関する論考を収集・精査し、その成果を「徳永直『冬枯れ』を中心に」(2019年10月5日、於東京大学本郷キャンパス)、モダニズム研究会キックオフミーティングにおける問題提起報告(2020年3月4日、於立命館大学末川記念会館、ただし新型コロナウィルスへの対応として縮小・非公開)等の口頭発表に反映させた。また日本ロシア文学会2019年度全国大会(於早稲田大学、2019年10月27日)のワークショップで「ブリヤート・バレエ『美しいアンガラ』をめぐる問題に寄せて」と題するロシア語報告を行い、本研究の一方の柱であるソ連文化における民族性/民衆性に関する考察を行った。 論考としては、「ゴーリキーの短篇『グービン』の空間構造」(『ユーラシア研究』60号、2019年6月)で「プロレタリア文学の父」と呼ばれる作家ゴーリキーの読み換えを図り、『ロシア文化事典』(丸善出版、2019年10月)所収の3小論「自伝文学」「トルストイ」「神智学・神秘思想」で、ロシア・ソ連文学および文化に関して、新たな知見からの考察を行った。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
本課題は、大正末期のプロレタリア文学から昭和戦後期の「内向の世代」までの日本文学と、同時期のロシア/ソ連文学の比較を、影響と類型の両面から考察していこうとするものだが、今年度は当初の予定通り、徳永直とゴーリキーに重点を置いた研究を、上記の通り口頭発表と論考に置いて発信することができた。両者の比較考察を一つの論文にまとめるには至らなかったが、口頭発表によってその構想の概要はできており、次年度以降に機会を得て、日本語ないしロシア語の論考として発表する予定である。 近代日本文学については、徳永直の他、葉山嘉樹、中野重治、本多秋五に関する作品分析、周辺資料の収集もおおむね予定通り進捗している。 ロシア/ソ連文学の資料収集は、ロシア本国に赴くことができなかったこともあり、必ずしも予定を十全に達成できたとは言いがたいが、オリガ・ベルゴーリツを中心に、国内図書館等での文献収集は進捗している。 新型コロナ・ウィルスの世界的な猖獗のために、第4四半期の活動を大幅に縮小せざるを得なかったことは残念だが、この点を除けば、研究はおおむね順調に進展しているものと判断する。
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Strategy for Future Research Activity |
新型コロナの影響で、今年度の第4四半期は研究会への参加等の活動を大幅に縮小せざるを得なかったが、それまでの研究活動の過程で、ロシア文学のみならず、近代日本文学やモダニズム国際比較研究の専門家とのネットワークを形成し得たことは、今後の研究の展開に、きわめて肯定的な影響を及ぼすものと予想される。 これらのネットワークに基づく研究会等での報告および質疑応答を通じて、大正末期から昭和前期のプロレタリア文学及び転向文学におけるロシア(ソ連)文学や批評理論の影響と受容についての考察を深めていこうと考えている。またロシアでのシンポジウム報告、国際学術論集への論文執筆の予定も既にいくつかある。これらにおいて、本研究課題に関わる発信を積極的に行っていく。国内外の図書館等での資料文献収集も、可能な限り進めて行きたい。 研究計画の変更が必要になるとすれば、新型コロナ・ウィルスの影響による国際的な学術交流の一時的な停止や縮小が長期化した場合である。その場合には、シンポジウムへの参加や論集の執筆編集打ち合わせをオンライン・システムやEメール等で行う他の対策を取ることになるだろう。じかに一堂に会して行う討議に比してのマイナスは紛れもないが、次善の方策として、状況下での最大限の研究と発信に努めていく。
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Causes of Carryover |
本年度は研究会等への参加に際し、招待報告等の扱いで、経費を主催者側からの支出にお願いする場合があった。また国内図書館での資料収集はおおむね順調であったが、国外図書館での資料収集は、新型コロナ・ウィルスの世界的な流行の影響もあり、実現できなかった。 新型コロナ・ウィルスの状況はなお見通しが立たないが、国際シンポジウム等における発信や国外図書館での資料収集は本課題の研究計画の重要な柱であり、次年度以降、状況を慎重に考慮しつつも、可能な限り積極的に推敲していきたい。また国内での資料収集、研究会や学会での発信もまた重要であることから、これら国内外の旅費に使用していく予定である。 また本研究がソ連期のロシア文学と日本プロレタリア文学・転向文学という近年必ずしも積極的に顧みられてきたとは言えない対象をテーマとしていることから、本務校の図書館の所蔵状況も考慮しつつ、関連文献の整備に努め、本研究課題に限らず、広く学内外の研究者が使用できるように整備していく。
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