2020 Fiscal Year Research-status Report
Grammaticalization and modality of Hungarian verbal prefixes
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19K00573
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Research Institution | Osaka University |
Principal Investigator |
早稲田 みか 大阪大学, 言語文化研究科(言語社会専攻、日本語・日本文化専攻), 教授 (30219448)
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Project Period (FY) |
2019-04-01 – 2022-03-31
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Keywords | ハンガリー語 / 動詞接頭辞 / 文法化 / 一方向性仮説 / モダリティ |
Outline of Annual Research Achievements |
2020年度は、本研究の目的のひとつである、完了アスペクトからモダリティ的意味あるいは語用論的意味が派生する可能性があるか否かを考察するために、日本語の「てしまう」形式の用法について、その意味と機能を考察し、ハンガリー語との類似性を検討した。その結果、「てしまう」形式は、従来の研究では〈完了〉や〈実現〉といったアスペクト的意味を表すものとされてきたが、近年では〈一掃〉、〈遺憾〉、〈後悔〉、〈不本意〉、〈反期待〉などといった話し手の評価や感情的意味、すなわちモダリティを表す形式として考察されていることがわかった。 「テシマウ」は「しまう」(片付ける)という語彙範疇に属する内用語が意味内容を喪失し(意味の漂白化)、従来とは異なる文脈で使用されるようになり(用法の拡張)、形態統語的特徴を失い(脱語彙範疇化)、「しちゃった」のように音が変化している(音声的弱化)用法もある。このように、「テシマウ」は本動詞「しまう」では有していた統語的自立性を喪失し、意味も抽象化していることから、文法化を経て生じた形式であるといえる。 文法化において意味が変化するとき、事象や状況の現実世界のあり方を表す意味から、話し手の信念や態度を表す主観的な意味へと変化することを 「主観化 (subjectification)」 というが、「テシマウ」のモダリティ的意味はこのような主観化の結果生じたと考えられる。 「テシマウ」のモダリティ的意味を規定するとすれば、〈限界達成にともない生じる話者の感情・評価の表現〉ということになり、ハンガリー語動詞接頭辞 meg との並行性が確認できた。具体的なモダリティ的意味は「てしまう」(〈遺憾〉、〈不本意〉など)とmeg (〈達成〉)では異なっており、この差異はなぜどのようにして生じるのかという新たな疑問が生じ、さらなる研究への糸口をつかむことができた。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
3: Progress in research has been slightly delayed.
Reason
当初の計画では2020年の夏にオーストリアのウィーンで開催される国際フィン・ウゴル学会に参加し、本研究の成果を報告する予定であり、準備を進めていたが、新型コロナウィルス感染症の影響で学会自体も開催が中止となってしまった。また、ハンガリーの科学アカデミー言語学研究所およびブダペストのエトヴェシュ・ロラーンド大学において研究活動および資料収集を行う予定も、新型コロナウィルス感染症の影響のため渡航ができず、中止せざるをえなかった。このため、他の研究者との直接的な意見交換が十分にできず(メールやオンラインでアドバイスを得ることはある程度できた)、思っていたようには研究が進捗しなかった。現地の図書館における資料の閲覧や収集も残念ながらできなかった。しかし、すでに収集している文献の調査やデータの収集、および日本語の「てしまう」形式との比較にかんしては、数多くの研究があることがわかり、ほぼ計画どおりにすすめることができた。また、「てしまう」の考察・分析をとおして、当初は研究対象にいれていなかった meg 以外の動詞接頭辞の意味拡張に「主観化 (subjectification)」 の概念を応用できる可能性があることがわかり、研究に新たな進展があった。
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Strategy for Future Research Activity |
これまでの研究では、完了アスペクトを付与する機能的要素へと文法化したとされているハンガリー語動詞接頭辞 meg には、「ようやく~する」「なんとか~する」といった話者の達成感、話者の事態にたいする感情や評価が伴うという仮説を検証するために、具体的な分析対象として、動詞 maszik 「登る」に、完了を表す接頭辞 meg が接続した megmaszik、および「上へ」という方向を表す接頭辞 fel が接続した felmaszik の用例を収集し、意味用法の差異について、ハンガリー語の研究者およびハンガリー語母語話者少人数に聞きとり調査を行ってきた。その結果、なんらかの意味用法の差異はたしかにあるが、どのような違いがあるかについては明確な説明が今のところ得られていない。 そこで今年度は意味の差異が明らかに存在する用法のある動詞接頭辞 be について、文学作品やハンガリー科学アカデミー言語学研究所のコーパスを使用して用法を収集・調査し、新たな意味を明らかにし、これについて完了アスペクトからモダリティ的意味あるいは語用論的意味が派生しているといえるか否かを、日本語の「てしまう」形式の文法化、主観化と比較しながら考察する。また、引き続き、一方向性仮説に対する異論(「脱文法化」)について、本研究の観点からみて、その妥当性について検討する。さらに機能範疇の階層性において、アスペクトとモダリティがどのような関係にあるのかについても引き続き、さらなる考察を行う。 収集した例文の意味解釈の妥当性について、ハンガリー語母語話者に判断を依頼する。研究の方法や方向性について、ハンガリー科学アカデミー言語学研究所やブダペストのエトヴェシュ・ロラーンド大学のハンガリー語研究者に、同意を得たうえで、意見やアドバイスを求める。
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Causes of Carryover |
新型コロナウィルス感染症の影響のため、ウィーンで開催されることになっていた国際フィン・ウゴル学会が中止となってしまった。この国際学会には、参加して本研究の成果の一部を研究発表することが決まっていた。海外渡航もまったくできなくなってしまったため、当初予定していたハンガリーにおける研究調査(ハンガリー科学アカデミー言語学研究所およびブダペストのエトヴェシュ・ロラーンド大学における文献資料閲覧・収集など)も断念せざるをえなかった。こうした事情から、海外出張のための旅費が使用できなかったことが2年次使用額が生じた理由である。今年度は現地調査のために渡航したいと考えており、そのための旅費および現地で購入する書籍などの費用として助成金を使用する計画である。場合によっては補助事業期間の延長も考えている。
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Research Products
(3 results)