2019 Fiscal Year Research-status Report
日英語比較統辞論に基づく併合手続きの研究:統辞構造はどのように生成されるのか
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19K00612
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Research Institution | Keio University |
Principal Investigator |
北原 久嗣 慶應義塾大学, 言語文化研究所(三田), 教授 (50301495)
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Project Period (FY) |
2019-04-01 – 2022-03-31
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Keywords | 生成文法理論 / 極小モデル / 併合操作 / 作業空間 |
Outline of Annual Research Achievements |
20世紀後半,言語研究に飛躍的な革新をもたらした生成文法理論では,人には生まれながらにして言語の仕組みが具わっており,言語獲得はこの仕組みに依存することで初めて可能になると考える。しかしながら,この人という種に固有の言語の仕組みは,言語間に現れる多様性の問題に直面する。本研究は,この問題意識のもと,類型論的に異なる日本語と英語(以下,日英語)の統辞構造の比較研究を推進する。 初年度の2019年度は、極小モデルとして結実した生成文法理論の枠組みのもと,日英語の統辞構造の背後に仮定されてきた併合操作 (Merge (X, Y) = {X, Y}) の手続きを検討することから始めた。とりわけ,極小モデルの発展に伴い,移動と呼ばれてきた操作は統辞構造内の要素を対象に含む内的併合に,これまで併合と呼ばれてきた操作は統辞構造外の要素のみを対象とする外的併合に,それぞれ捉え直され,この二つの操作の違いは併合 (Merge (X, Y) = {X, Y}) の適用手順の違いに過ぎないことが示された。本研究はこの点に注目し、併合操作の定式化の問題点を整理すると同時に、その解決に向けて研究を推進した。 具体的には,Chomsky et al. 2017 の議論を踏まえ,併合の適用前と適用後の作業空間の必要性を明らかにするなか、併合 (Merge (X, Y) = {X, Y}) の適用前はXとYが作業空間に存在するが,適用後はX, Y, {X, Y} の三要素ではなく,{X, Y} のみが存在するという仮説をとりあげ、XとYはどのようにして作業空間から取り除かれたのか,という最も基本的な問題に取り組んだ。そして,この問題は、併合を作業空間に適用する操作として捉え直すことから説明する可能性を追求した。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
本研究は,国内では慶應義塾大学言語文化研究所を拠点に,国外ではアリゾナ大学言語学科およびミシガン大学言語学科を拠点に研究課題に取り組むものであり,初年度である2019年度から積極的に各研究機関に出向き,Chomsky, Epstein, Seely各教授と専門知識・意見の交換を行った。加えて,2019年4月29日から5月2日までカルフォルニア大学ロスアンジェルス校(UCLA)で開催されたChomsky教授による連続講義に参加した。この連続講義では,本研究が採択する極小モデルの仮説群とその根拠,また併合操作の定式化の問題が議論された。 2019年度は,5月11日に開催された日本英語学会国際春季フォーラムに於いて付加構造の生成手続について,6月22日に開催された日本言語学会第158回大会に於いて多重指定部構造の生成手続について,それぞれ新しい分析を提出した。さらに10月26日に開催されたArizona Linguistics Circle 13: Research Across Linguistic Subfields,続く11月9日開催された日本英語学会第37回大会ワークショップに於いて,多重指定部構造をめぐる日英語の相違について取り上げ検討を加えた。2020年2月21日には,上智大学言語学講演会に於いて MERGE and Minimal Search: A Minimalist Challengeと題して招待講演を行い,本研究の成果を提示し大変有意義なコメントを得ることができた。 残念ながら2月下旬以降に予定されていた国外出張および研究会は,新型コロナウイルス感染拡大のためキャンセルせざるを得なかったが、この間、国内外の研究者とはインターネットを活用して意見交換を行い,2020年度の研究に向けた準備を進めた。
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Strategy for Future Research Activity |
2年目にあたる2020年度は,併合を作業空間に適用する操作として捉え直す提案を検討することから始める。さらにこの単純かつ統一的な定式化が直面する統辞構造が示す多様性の問題を取り上げる。 1980年代に多様性の問題を解決すべく導入されたパラメータという概念は、言語の多様性を記述的に特徴づける道具に過ぎず、例えば,動詞句内の他動詞と目的語の階層関係は普遍的特性とされ変容が許されないのに対し,動詞句内の他動詞と目的語の線的順序(語順)においては変容がなぜ許されるのか,を問うことはできなかった。 2020年度はこの種の「なぜ」という問いを取り上げ,言語の普遍性と多様性の問題に取り組む。具体的には、併合の対象である語彙項目の特性を厳密に特徴づけるなか,日英語に観察される統辞構造の多様性が,語彙項目の素性間の差異に起因する,併合手続きの僅かな違いから生じている可能性を追求する。さらに,日英語に観察される統辞構造の多様性が厳密に制限された範囲内に留まることを明らかにする。具体的には,極小モデルが言及する演算効率 (Computational Efficiency) に関する一般法則に光をあて,併合の最適な手続きを一般法則から演繹的に導き出すことを試みる。ここで得られる知見は,併合の自由適用を採択する統辞モデルが過剰生成 (overgeneration) の問題をどのように克服しているかについても重要な示唆を与えるものと考えている。 新型コロナウイルス感染拡大の影響から4月から7月はインターネットを活用して、研究者と専門知識・意見の交換を行い、本研究の課題に取り組む。8月以降は,国外出張および研究会を再開し、本研究の課題を遂行する予定である。
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Causes of Carryover |
2020年2月から3月に予定していた国外出張および研究会が,新型コロナ感染拡大の影響でキャンセルせざるを得なかった。予定していた国外出張および研究会は2020年度に延期とし、7月以降条件が整い次第再開する予定である。その間、インターネットを活用して研究者との専門知識・意見交換を行っていく。
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