2020 Fiscal Year Research-status Report
日英語比較統辞論に基づく併合手続きの研究:統辞構造はどのように生成されるのか
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19K00612
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Research Institution | Keio University |
Principal Investigator |
北原 久嗣 慶應義塾大学, 言語文化研究所(三田), 教授 (50301495)
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Project Period (FY) |
2019-04-01 – 2022-03-31
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Keywords | 生成文法理論 / 極小モデル / 併合操作 / 作業空間 |
Outline of Annual Research Achievements |
本研究は、類型論的に異なる日本語と英語(以下,日英語)の統辞構造の比較研究を推進する。2年目となる2020年度は、2019年度の議論を踏まえ、併合の適用前と適用後の作業空間の必要性を前提に、併合 (Merge (X, Y) = {X, Y}) の適用前はXとYが作業空間に存在するが、適用後はX, Y, {X, Y} の三要素ではなく、{X, Y} のみが存在し、XとYは作業空間から取り除かれるという問題に取り組むことから始めた。 具体的には、併合は適用前の作業空間のX, Yから {X, Y} をつくり、適用後の作業空間に {X, Y} を加えるが、{X, Y} 以外に何が含まれるかについては未指定であるとするChomsky (2020)の提案を受け入れ、XとYが作業空間から取り除かれるのを含め、併合適用後の作業空間に何が含まれるかは、作業空間の要素の保存と増加を制御する一般原理から導き出すことができることを明らかにした。続けて、これまで観察されてきた併合の適用方法が、この一見相反するように思われる二つの一般原理の最適解として導き出される可能性を指摘した。さらに、日英語の統辞構造に観察される厳密に制限された差異についても新しい洞察が得られることを確認した。 また、併合と一般原理の相互作用から、これまで統一的な分析を拒んでいた寄生空所構文 (parasitic gap constructions) やコントロール構文 (control constructions) に新しい分析を与えることが可能になることを確認した。さらに、両者の構文に存在する音声を伴わない空範疇 (empty categories) の生成過程とその解釈について、併合と一般原理の相互作用に基づく分析を追求した。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
本研究は、国内では慶應義塾大学言語文化研究所を拠点に、2019年度はChomsky, Epstein, Seely各教授と専門知識・意見の交換を行ったが、2019年11月にEpstein教授が逝去され、さらに12月以降はCovid-19の世界的流行に伴う厳しい状況下におかれた。しかし、2020年度に入り、米国・オランダ・日本の研究者でChomsky教授を囲むオンライン(Zoom)研究会を6月に立ち上げ定期的に研究会を開催し、統辞構造の生成過程の解明に向けて研究を精力的に推進した。 2020年度の主な研究成果としては、5月、Coyote Papers Volume 22に“Unifying Labeling under Minimal Search in Single- and Multiple-Specifier Configurations”と題する論文をEpstein, Seely両教授と共同執筆、11月8日、日本英語学会第38回大会(オンライン)ワークショップ「統語領域におけるcopyをめぐる諸問題-copy派生メカニズムの単純化」において「MERGEに基づくcopyの概念について」と題して発表、11月22日、日本言語学会第161回大会(オンライン)公開講演 Minimalism: where we are now and where we are going(招待講師:Chomsky教授)にコメンテーターとして参加した。オンラインというツールを使っての発信ではあったが、大変有意義なコメントを得ることができた。 2020年度は、Covid-19の世界的流行という状況下ではあったが、インターネットによるネットワーク化を進め、オンライン上で専門知識・意見の交換を行い、予定していた研究課題にはおおむね取り組むことができたと考えている。
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Strategy for Future Research Activity |
3年目にあたる2021年度は、一般原理との相互作用から併合の適用方法を導き出す分析を検討することから始め、統辞構造が示す多様性の問題を取り上げる。 具体的には、日英語に観察される統辞構造の多様性が厳密に制限された範囲内に留まることを明らかにする。極小モデルが言及する演算効率 (Computational Efficiency) に関する一般法則に光をあて、併合の最適な手続きを一般法則から演繹的に導き出すことを試みる。ここで得られる知見は、併合の自由適用を採択する統辞モデルが過剰生成 (overgeneration) の問題をどのように克服しているかについても重要な示唆を与えるものと考えている。 さらに、日英語に観察される統辞構造の多様性が、(i) 語彙項目の特性、(ii) 併合の定式化と適用手続き、(iii) その手続きを厳しく制約する一般法則、という三つの要因とその相互作用から生じている可能性を追求し、これら三つの要因を詳細に検討する。とりわけ (iii) の一般法則においては、2001年度の研究で明らかになった作業空間の要素の保存と増加を制御する一般原理の緊張関係に注目する。 類型論的に異なる日英語の統辞構造の多様性をこれら三つの要因から演繹的に説明するという試みは,普遍的な言語の仕組み(普遍文法)から多様な言語の現れ(個別文法)を導出することに他ならず、その成果は生成文法理論の今後の展開に大きな影響を与えるものと考えている。 残念ながら、2021年度もCovid-19の変異株の感染拡大に伴う厳しい状況が続くことが予想されるが、2020年度に培ったインターネットを活用する方法で、国内外の研究者に向けて研究成果を発信する準備を進めている。また、国内外での招待講演および学会の場でも、本研究の成果を積極的に発表する予定である。
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Causes of Carryover |
2020年度に予定していた国内外の出張は、covid-19の感染拡大の影響でキャンセルせざるを得なかった。予定していた国内外の出張は2021年度に延期とし、感染状況が収束した段階で順次再開する予定であるが、厳しい感染状況が続く場合は、オンライン・インターネットを用いた研究環境を整備し、研究者との専門知識・意見の交換、および国内外への本研究成果の発信を行なっていく。
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