2020 Fiscal Year Research-status Report
古代日本語における述語形式の意味と文の意味の関係に関する原理的・実証的研究
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19K00653
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Research Institution | Waseda University |
Principal Investigator |
仁科 明 早稲田大学, 教育・総合科学学術院, 教授 (70326122)
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Project Period (FY) |
2019-04-01 – 2022-03-31
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Keywords | 叙法形式 / 述語体系 / 「らむ」 / 希望・願望表現 |
Outline of Annual Research Achievements |
今年度は、意味と形式のあり方を問題にする研究の一環として、次の二点に取り組んだ。第一は認識判断系の述語形式(叙法形式)のあらわす用法の実現のあり方の検討であり、第二は「(広義)希望表現」(事態の実現に関する主体の希望を何らかにあらわす表現をこのように呼ぶ)の希望表現実現のあり方に関する検討である。 一つ目の論点に関して具体的には、中古の「らむ」について新たな視点から調査し、考察を加えた。中古の「らむ」については、1)「現在推量」をあらわすという理解で問題がないように見える一方で、2)眼前の事態にかんする不信感・意外感をあらわすとされる用法--「静心なく花の散るらむ」タイプ--の増加が指摘されてきた。後者2)の用法は上代にも指摘はできるものの、用例も少なく、(研究代表者自身のものをふくむ先行研究でも)かなり特殊なものと位置づけられるものであったが、三代集で用例が急増することもあって、注目を集めてきた。今年度の研究では中古の「らむ」の用法が現在未確認の事態の表現全般に広がったことを確認し、2)はあらわしにくくなるはずであること、2)の用法拡大と見える三代集での用例急増は、(佐伯梅友の議論に依拠しつつ、)作歌における和歌の構成理解の変化(誤解)とその一時的流行によると考えるべきものと結論づけた。この議論については論文化して公表することができた。 二つ目の論点に関しては広義希望表現についての調査・検討をおこなった。先行研究が指摘するように、叙法的な形式が存在することは間違いなく、係助詞の関与も指摘はできる。しかし、希望をあらわす理路にはさまざまなものがあって叙法形式には限定されず、一口に係助詞のかかわりといってももさまざまである。表現の背景を考慮するかたちでの整理をおこなった。こちらの点に関しては成果の公表には至らなかったが、公表に向けて議論の修正とブラッシュアップを進めている。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
今年度までの研究によって、(文全体にかかわる)意味の実現やその変化のあり方について、その多様性が確認できつつあると考える。 今年度公表した「らむ」の用法変化にかんする研究によって、文法形式の用法拡大の要因として、文法形式の性質や体系の変化が存在する一方で、それ以外の要因--和歌の修辞の問題など--を考えねばならないことを明らかにすることができた。近年の文法史の研究が体系変化を動因とする理解--これによって研究が大きく進展したことも間違いはない--にかたよっていることへの修正もできたかと考えている。このような見通しによって、他形式の用法の検討の可能性も開けてきている。。 文法形式の用法実現の多様性に関しては、こちらも今年度すすめてきた広義希望表現形式の調査・検討を前進させることで確認ができると考えている。希望表現形式といっても、その表現の背景はさまざまで、一枚岩ではない。相互の使い分けの議論の前提としても、表現背景を考えることは必須であろう。近年、主に通時的研究の必要から、文法形式を使われる用途--使われる表現--によって、「~表現形式」と呼んで全体を整理する議論が行われるが、そこでは表現の背景の多様性が見失われているように見える。広義希望表現形式に関する今年度の研究を進展・完成させることで、そのような状況への留保も主張できると考えている。 一方、両者--叙法形式に関する研究と広義希望表現形式に関する研究--を統合するような視点も必要である。こちらについても準備はすすめており、研究完成年度である2021年度には全体を統合した見通しを得ることが可能であると考えている。
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Strategy for Future Research Activity |
研究完成年度である2021年度は、これまでの研究を踏まえて、次の三点を行っていく予定である。 第一はこれまでの述語形式の意味の広がりや用法変化に関する論点を踏まえて、他の述語形式--主に認識・判断系のそれ--の意味や用法の変化を検討することである。具体的には、過去・回想にかかわる述語形式--上代・中古の「き」「けり」とその周辺--の検討を進める予定である。 第二は、今年度、全体の見通しだけ得て、成果公表に至らなかった広義希望表現形式の整理に関する研究の論点のブラッシュアップをすすめることである。表現背景に注目することによって、その多様性が確認できるだけでなく、共通の表現背景を持つ形式がそれぞれ、関係を持って存在することも見えてくるであろうと考えている。 第三は、二つの論点の交点に位置づけられるような作業である。第二の論点にかかわる議論によって、広義希望表現形式の中には叙法形式の一角(とその周辺にあるもの)として位置づけられるものが存在することが確認できるが、その中にはa)広義の希望を表す一方で、認識・判断系用法を持つもの--一般に推量助動詞としてあつかわれる非現実叙法の述語形式--と、b)希望しかあらわさないもの--一般に終助詞手して扱われる形式--とがある。一方で、c)非現実叙法にかかわると見られる述語形式にも希望用法を持たないものもある。a)~c)三者の関係を整理・検討することは、第一、第二の論点双方にとっても必要である。 この三点を踏まえて、文の意味の実現や、形式と意味の関係一般への理解を深めたい。
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Research Products
(1 results)