2023 Fiscal Year Research-status Report
言語変化を加速した言語接触の歴史社会言語学的研究:印刷揺籃期の翻訳英語を対象に
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19K00696
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Research Institution | Kwansei Gakuin University |
Principal Investigator |
内田 充美 関西学院大学, 社会学部, 教授 (70347475)
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Co-Investigator(Kenkyū-buntansha) |
家入 葉子 京都大学, 文学研究科, 教授 (20264830)
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Project Period (FY) |
2019-04-01 – 2025-03-31
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Keywords | 歴史社会言語学 / 言語接触 / 翻訳 / 言語変化 / 多言語 / 属格交替 / 語源的綴り字 / 借用語 |
Outline of Annual Research Achievements |
本研究は、最初期の印刷本テキストのうち、言語接触による影響があると予測できる文献で、原典言語版と翻訳の対照的検討と分析が可能な資料を探し出すことから着手した。それら複数のテキストそのものと、相互関係についての先行研究を探索し情報の整理を行った。広義・狭義の時代・社会背景を踏まえたうえで、言語変化の大きな流れを意識しつつ、調査対象とした言語資料にみられる言語接触の影響を明らかにする作業を行ってきた。2022年度からは,William Caxtonが、フランス語から英語に翻訳したとされるテキスト Paris and Vienne について,すこし時代の下がる印刷者 Gerard Leeu (Antwerp) による別の英語版と,先行研究によって翻訳の原典,あるいは非常に近いとされてきたフランス語のテキスト (フランス国立図書館所蔵の写本とLyonsの印刷者による複数の刊本)に焦点を絞り,Caxtonの綴り字、文法構造が、原典のフランス語版に影響を受けているのか否かを検討してきた。2023年度には、このうち文法構造、特に所有関係を表す表現に焦点を絞り、2つの英語版と複数のフランス語版の対照分析の結果を英文論文としてまとめ,Kwansei Gakuin University School of Sociology Journal に共著論文として公刊した。考察対象とした所有表現のばらつき(属格交替)については、CaxtonとLeeuの英語の間に特筆すべき違いは見られなかった。いっぽう、英語版とフランス語版との対照分析からは、Caxton版、Leeu版とも、ほかの(フランス語の影響が想定されない)資料群と比較した場合、よりフランス語と共通の構造が選択されている傾向を示した。さらに、同一テキスト内においても、フランス語起源の語と共起する場合にその傾向が強くなっていることを明らかにした。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
3: Progress in research has been slightly delayed.
Reason
2019年度には、予定通り海外での調査活動から課題を開始したが、同年度後半に研究代表者の学内業務負担が尋常でないレベルのものとなったため、当初予定したような課題の進行が不可能となった。続く2020ー2022年度は、疫病の蔓延のため、当初予定していた英国・欧州におけるワークショップやセミナー等への参加、および英国・フランスなどの図書館等での調査が実行できなかった。本課題の推進のために資料を入手した図書館(米国)の稀少書担当部署においても、リモート業務からの復帰にいまだに手間取っている状況にあるとのことで、入手した資料についての問題が一部まだ解決していない(該当の箇所以外の部分については、資料の比較対照分析をほぼ終えている)。以上のような事情のため、依然、研究全体の遅れを取り戻し得たとは言えない状況にある。
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Strategy for Future Research Activity |
本研究では、中英語後期に多数の翻訳文献を公刊したWilliam Caxtonの英語を手がかりに、言語接触のあり方、また言語接触がどのように言語の発達に影響を与える可能性があるかを、特に変化の速度感に注目しながら分析してきた。これまでに借用語、語源的綴り字、移動表現、所有表現等の分析を終え、変化の時期に特有の「揺れ」の状態が言語変化を捉える上での鍵になることを明らかにしてきた。また、Caxtonは複数の言語からの翻訳を行っているので、オランダ語からの翻訳、フランス語からの翻訳、ラテン語からの翻訳など、原典の英語の影響も考慮しながら分析を行う必要があることも明らかになってきた。延長年度となる2024年度は、2023年度から取り組んでいる文法上の「揺れ」に焦点をあてながら、動詞、名詞を核とするさまざまな構文(たとえば助動詞の選択や修飾構造等)を中心に、さらなる分析を進める予定である。その際にこれまで同様、原典の言語、特にフランス語版(写本と複数の印刷本)と英語版(複数の印刷本)の対照分析と考察を行う予定であり、収集した用例については文脈を確認しながら手作業で仕分けることになる。これは言語の影響関係を調査する際には必須の作業であり、画像の上での確認も含めると、相当の時間と手間を要するものと予測できる。研究期間内に調査・検討・分析を終えたものについては、速やかに英語論文にまとめ、成果を公表していく予定である。
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Causes of Carryover |
2020年度から2022年度に予定していた海外出張および海外から入手する資料の整備が予定通りに実現しなかったことによる。今も回答が滞っている海外の図書館稀少書担当部署関係の案件については、連絡をより密にすることなどによって早期の解決をはかっていく。また同時に、別の資料や情報源(別の図書館や博物館に収蔵されているもの)による補填や代替が可能であるかどうかの検討も進め、その結果によっては、研究計画の一部修正もふくめて、適切と考えられる手段での問題解決を期する。
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