2020 Fiscal Year Research-status Report
フランス・アンジュー地方から見た百年戦争終結についての研究
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19K01071
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Research Institution | Akita University |
Principal Investigator |
佐藤 猛 秋田大学, 教育文化学部, 准教授 (30512769)
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Project Period (FY) |
2019-04-01 – 2023-03-31
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Keywords | 百年戦争 / フランス王国 / アンジュ― / シャルル7世 / 諸侯 |
Outline of Annual Research Achievements |
本研究の目的は、百年戦争(1337~1453年)がいかにして終結したのかという問題について、従来のような英仏間の国力や軍事力の比較という観点からではなく、主戦場となったフランス王国の内部事情、とりわけ王国政治を主導した王族諸侯の地方的な利害の変容という角度から明らかにすることである。 計画初年度において、戦争終結直前の1444年トゥール休戦協定の締結への諸侯層の関わり方を検討した結果、当時の諸侯層が国王主導の軍政改革に反発していたことが英仏和平交渉を停滞させたことを明らかにした。この成果は、1440年代の和平交渉を取り巻く状況について、フランス王国における中央と地方という観点から大枠を明らかにしたものにすぎない。 二年度目においては、、当初の研究計画の通り、諸侯層のうちアンジューからの地方的利害が仏王の対英政策にいかなる影響を及ぼしたかという問題に着手した。昨年度提出した「今後の研究の推進方策」に記載の通り、マルグリット・ダンジューと当時のイングランド王ヘンリー6世の結婚の背景解明に取り組んだ。マルグリットは当時のフランス王シャルル7世の義弟アンジュー公ルネ(姉マリーが王の妻)であり、トゥールの休戦協定締結の証、すなわちフランス王家から差し出される協定順守の担保として、ヘンリー6世に嫁いだ。この結婚をめぐる(1)アンジュー公ルネ、(2)フランス王シャルル7世、(3)イングランド王家のそれぞれの意図と思惑に関しての研究を進めた。 くわえて本研究に関連する研究実績としては、研究の不可欠の背景である百年戦争の前半期に関して、そこでの人物史について図書(共著)1件を発表し、同時期の北フランス都市の動向について学会発表を1件行った。後者の発表内容に関しては、『日仏歴史学会会報』(査読付き学会誌)に投稿し、掲載が決定している(2021年6月刊行予定)。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
3: Progress in research has been slightly delayed.
Reason
マルグリット・ダンジューとイングランド王ヘンリー6世の結婚について、まずは先行研究の到達点や問題状況を整理検討し、次の点を明らかにした。 結婚の前提となったトゥール休戦協定は、フランスの軍事的優位の中で締結されたという理解の下、結婚に関しても仏王家から英王家への嫁入りとしては持参金が少なかったこと(二万フランと地中海の二島に対する諸権利)等、英側に不利な条件が課されたことが強調されてきた(Cron[1994])。嫁候補として、在位中のフランス王シャルル7世の娘ではなく、義弟の娘であるマルグリットの選択には、8名の王女のうち数名が結婚していたことや数名が病気がちであったことが背景にあったこと等が分かった(Wolffe[2001], Contamine[2017])。 こうした研究史の理解を踏まえて、当時残された史料を調査、収集した。叙述史料としてMonstrelet(ブルゴーニュ公家寄り)、Basin(徐々にフランス王家から離れる)等の年代記を講読した。しかし、これらにおいては軍事的に劣勢であった英側が不利な条件に同意せざるを得ない状況だったことや、そのような状況に陥った英側の現状認識不足についてまでは明らかになったが、仏側の特にアンジュー公家の利害に関する記述を見つけることはできなかった。くわえて、すでに刊行されているトゥール休戦協定に関する使節委任状や協定テキストを講読したが、婚姻に関する条文は存在しなかった。これに先立つ英仏間の条約であるトロワ平和条約(1420年)のテキストには、英仏間の婚姻契約や持参金についての条文が盛り込まれたのに対して、トゥールでは休戦協定と婚姻協定の文書が別個に作成されたと考えられる。 以上より、1444年の英仏間での婚姻締結に関して、特にフランス王家や諸侯側の思惑や内部事情の解明という点では、研究計画作成時の想定よりもやや遅れている。
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Strategy for Future Research Activity |
三年度目の特に前半では、主にフランス史側から調査・収集・分析してきた先行研究と史料の双方に関して、範囲を広げて再調査することから始める。これにより、二年度目の遅れを取り戻す。 まず先行研究については、マルグリット・ダンジューについてイギリス史の中での研究蓄積を調査し、必要な研究を検討することにより、結婚に対するアンジュー公家および英王家の思惑を再検討する。マルグリットについては誕生から結婚までよりも、ヘンリー6世王妃となった後の方に研究の関心が向けられており、これまでのフランス史中心の調査では見えなかった動向や史料を発見できる可能性がある。特に、休戦協定締結翌年におけるマルグリットの渡英直後に関してどのような史料が現存しているかを調査し、収集可能な史料については検討を始める。 史料については、上記に加えて、昨年度に提出した「今後の研究の推進方策」にも記したマルグリットとヘンリーの婚姻証書についての調査を引き続き行う。昨年度は海外渡航が困難だったため、調査することができなかった。叙述史料についてはMathieu d’EscouchyやJournal d’un bourgeois de Paris等、当時に関する基本史料を再度見直すことによって、トゥールにおける休戦と婚姻の協定締結をめぐる英仏の動向を可能な限り再構成する。これらを三年度目の後半に集中して進める。 以上を通じて、戦争継続か和平推進かのあいだで揺れる1440年代後半における英仏間の動向とともに、戦争に対する両者の認識の違いが浮かび上がると予想される。そして、そうした戦争と和平への対応における英仏間の温度差が、両者の長年の対立状態が急速に終息していく前提となったことを実証的に解明していこうと思う。
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