2019 Fiscal Year Research-status Report
女子修道院と都市の発展:13世紀ブリュッセル都市化過程における女子修道院の重要性
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19K01083
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Research Institution | Keio University |
Principal Investigator |
舟橋 倫子 慶應義塾大学, 文学部(三田), 講師(非常勤) (70407154)
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Project Period (FY) |
2019-04-01 – 2022-03-31
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Keywords | ヨーロッパ中世 / 女子修道院 / 食糧危機 / 疫病 / 麦角病 / ライムギ / ブリュッセル |
Outline of Annual Research Achievements |
本研究は13世紀の女子修道院の未刊行文書史料の分析から、都市周辺の3つの女子修道院(フォレ、グラン・ビガール、ラ・カンブル)が都市ブリュッセルの形成過程において果たした役割を具体的に読み解こうとする試みである。その際、女子の宗教機関がその特徴である柔軟性によって多様な社会層の結節点として機能していたことを重視する。特に、女子の団体が男子の団体と緊密に連携して動いていたことに着目し、それぞれの役割分担によって可能となった包括的な社会貢献の実態の解明を目指す。 当該年度においては、危機的状況下で修道院が果たした社会的緊張緩和に注目して検討を行った。12世紀に編纂された年代記と聖人伝史料から、気候変動と食糧危機、疫病の蔓延を示すデータを抽出して分析した。その結果、ブラバン・フランドル地域において12世紀から13世紀初頭にかけて気候が寒冷化し、食糧不足によって、特に都市の貧困層と家畜に疫病(麦角病)が流行したことが明らかとなった。後の女子修道院となるフォレとグラン・ビガールを女子分院として監督下に置いていたアフリヘム修道院は、ブリュッセルへの食糧供給に大きな役割を果たしていた。当該修道院はこのような危機的状況への対処として、経済危機に陥っていた在地有力者の所領を集積し、地域の労働力を再編成して未耕地の開発と経営を行い、牧畜の効果的利用による集約農業を早くから実践して食料供給の多様化を図った。これらの所領生産物は都市周辺の女子分院を介して供給された。しかし、厳しい条件下でも生産可能なライムギには麦角病の危険性があり、特に食糧不足時には麦角菌に侵された穂が食料供給に充てられて貧困層と家畜に麦角病の流行を引き起こした。アフリヘム修道院は女子分院を活用して病気の奇跡的治癒を起こす聖人崇敬を組織化し、修道女と出身家系の連携による麦角病患者のケアと死者供養に力を注いだことが明らかとなった。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
当該年度において、ブリュッセル市文書館に所蔵されているラ・カンブル修道院とフォレ修道院の13世紀未刊行史料の収集を終了することができた。ラ・カンブル修道院の約200通の文書に関しては、年代・発給者を確認して内容の要約を作成する作業がほぼ完了している。フォレ修道院文書については、地名と人名の同定作業をすすめている。その結果、フォレとラ・カンブル修道院の両者に関係するブリュッセル地域家系の検出を進めることができた。さらに、対象とする女子修道院の地域開発と所領経営に関する史料情報の整理をすすめ、ブリュッセル地域における食料供給の実態解明のために必要とされる都市史料のリストアップを終了した。 また、史料上の困難さから研究の遅れが指摘されてきたブリュッセルの小教区に関して、最新の地理学的方法を駆使して新たなアプローチを進めているブリュッセル大学の都市史研究チームと検討会をもつ機会に恵まれた。特に本研究の検討対象としているブリュッセル地域の13世紀の女子修道院文書史料においては、十分の一税に関する情報が多数検出される。これらの分析視角を明確にすることが研究の課題の一つであったが、この検討会において、修道院による小教区教会と十分の一税の把握を核とする地域形成の可能性を多面的に検証することが出来た。 人口増加による小教区の増加が確認されるブリュッセル南部に所在する両女子修道院は、教区教会という枠を活用して都市に流入する人々を編成し、センヌ川沿いの低湿地の開発と経営を行ったと考えられる。両修道院によって進められていった在地有力家系からの十分の一税の買い戻しとその収入による慈善活動を検証してゆくことで地域社会が形成されてゆく状況をある程度浮かび上がらせてゆけるとの見通しを持つことが出来た。
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Strategy for Future Research Activity |
2020年度は新型コロナウィルスの流行のために、少なくとも前半はヨーロッパでの史料収集と検討会・研究会の開催と参加が難しくなることが予想される。そのため、前半部分はこれまで収集してきた史料情報の整理と分析に専念し、必要に応じて現地の研究者とオンラインでの情報交換を行うこととする。後半においてもこの状況が継続している可能性があるため、早い時期からブリュッセル大とルーヴァン大の院生とコンタクトをとり、文書館・図書館での情報収集や確認を依頼できる体制を整えておく。 さらに、女子修道院が都市ブリュッセルの形成に果たした役割を検討するに際して、十分の一税の徴収と貧民への慈善に関する修道院文書の情報に的を絞って検証をすすめる。十分の一税に関しては近年の中世社会経済史研究において、地域の形成と支配の核として新たな注目をあつめ、ヨーロッパ地域を対象とした研究成果が蓄積されつつある。しかし、本研究において検討対象としているブリュッセル地域における女子修道院の事例はまだ成果が報告されていないため、この検討結果を発表することを当面の具体的な目標として研究を進める。成果報告の方法としてオンラインの効果的な活用を検討する。さらに、修道院による十分の一税の所持に際して、十分の一税の用途は貧民への施しであり、富の再分配のためのツールを修道院が行使することが正当化されてきた。本研究において検討対象とする女子修道院において、十分の一税をはじめとする諸収入の一部を貧民への救済に充てるという原則が、実際の施療院の運営や墓地の整備、年祈祷の際の食料配給といった慈善活動においてどこまで実際上の有効性を持っていたのかを手がかりとして、社会集団における女子修道院の役割を検証することを目指す。
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