2020 Fiscal Year Research-status Report
基礎構造分析に基づいた近世漆塗製品の保存処理及び形態・組成に関する研究
Project/Area Number |
19K01123
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Research Institution | Tohoku University |
Principal Investigator |
柴田 恵子 東北大学, 埋蔵文化財調査室, 専門職員 (70322980)
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Project Period (FY) |
2019-04-01 – 2023-03-31
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Keywords | 近世漆塗製品 / 保存処理 / 塗膜構造分析 / トレハロース / X線CT |
Outline of Annual Research Achievements |
塗膜分析用プレパラート作製のため、試料135点を採取し、昨年度分で再作製する必要がでた試料と合わせて、研磨作業を進めている途中である。完成したプレパラートは、順次、生物顕微鏡にて詳細に観察・写真撮影をし、塗膜構造について大まかな分類を行った。またリモートにて弘前大学人文社会科学部片岡太郎先生から、塗膜構造の解釈の仕方や評価など、具体的かつ実践的なご教示を頂いた。 漆椀の加飾や赤色漆の成分元素を把握するために、ハンドヘルドXRFにて測定を行った。精度的な注意は必要であるが、結果としてHg(主に水銀朱か)を検出したのは2点のみ、大部分の赤色漆はベンガラであろうと推測された。目視で銀色・金色を呈する家紋や文様は、Au検出は2点のみ、主体はAgのみ検出・Asのみ検出・Ag+As検出などのパターンが把握できた。 漆椀の地色を土色計にて測定し、土壌マンセル値から色名を確定した。樹種同定は、分析対象資料のすべての結果を得た。東日本特有のブナ属主体の漆椀類であるが、ケヤキやトチノキが一部含まれ、今後、相関関係などを考察していく。 学内共同利用にて総合学術博物館のX線CTを用いて、保存処理後の漆椀破片3点の3次元CT撮影を行った。これらは昨年度撮影分と同一個体で、処理条件の異なる一連の資料である。検討の結果、保存処理条件によって内部の状態が異なり、これら試料の内部状態に最も影響を与えているのは、トレハロース水溶液含浸終了直後に高濃度トレハロース水溶液に短時間漬けるディッピング工程における含浸時間であることが判明した。そこでトレハロース固化の特性を知るため、生花用吸水スポンジを試料として、異なる条件下での固化実験を行うこととし、現在継続中である。 仙台藩領内の漆椀出土事例について、中世から近世の遺跡を一通り網羅的に収集しリスト化した。文献や地誌などから漆器や挽物に関する文献的事例をとりまとめた。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
3: Progress in research has been slightly delayed.
Reason
分析対象資料のうち、樹種同定についてはすべての結果を得た。 塗膜構造分析用プレパラート作製は、昨年度作製分のうち13点が再作製の必要が出た。本年度は、133点分の試料採取を行ったが、再作製が30点分出ている。プレパラート研磨は、研磨面の試料が薄くなるにつれ慎重に行わなければ一瞬で試料がなくなることもあり、顕微鏡観察に適したプレパラートを得るための研磨精度を上げるのにやや時間を要している。また、本学の新型コロナ行動指針に従って、研究室で経常的に研究作業が行えるようになったのが7月以降であり、本年度はプレパラート作製を行う時間が十分に確保できなかった。 当初計画では、完成した塗膜プレパラートは、弘前大学人文社会科学部所有のEDS装備走査型電子顕微鏡を借用し、EDS元素マッピング分析を行う予定であった。しかし、数日間滞在して機器を使用させて頂く予定であったため、新型コロナの流行状況と出張するタイミングを図ることができず、全く分析作業に取りかかれていない状況である。 X線CT撮影については昨年度から継続の資料があったが、学内機器の共同利用が停止されていたため、再開を待って11月の撮影となった。X線CTの結果、処理条件の違いによって資料内部の状態が異なることが判明したが、結果的により良い保存処理条件を導き出すための検討が遅れた。また、X線CTの結果を受けて、トレハロース固化の特性を知るための実験を行う必要を感じ、まずは出土資料ではなく、生花用吸水スポンジを試料として異なる条件下での固化実験を行っている。 仙台藩領内の漆椀出土遺跡については、中世以降の事例を発掘調査報告書からリスト化し、年代、漆色、実測図などのデータを蓄積したが、類似点や変化などを編年として示すまでには至らなかった。また、文献や地誌などから漆器や挽物に関する事例、領内の産地や他領からの収入に関する文献的事例をとりまとめた。
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Strategy for Future Research Activity |
プレパラート研磨には慎重さを要し、かなり時間がかかることから、2021年度は年度当初から研磨作業を開始したいと考えている。そのため、2021度予定している漆椀35点分について、2020年度中に先行してサンプル採取を行い、樹脂包埋、サンプル切断などを順次進めており、研磨作業に十分に時間を掛けられるような作業配分で進めることとした。 また、現在、当県はまん延防止等重点措置の適用下にあり、2021年度も頻繁に出張できる状況にはならない可能性が考えられる。弘前大学人文社会科学部で所有しているEDS装備走査型電子顕微鏡によるEDS元素マッピング分析については、2年分の作業量が溜まっている状態であり、我々が何度かに分けて出張・滞在する必要があるが、先方の大学でも頻回の出張は受け入れ可能かどうかわからない。そのため、我々が出張・往来するのではなく、弘前大学の学生さん等を雇用し、分析作業を行ってもらえないかと模索中である。 2019年度・2020年度のX線CT撮影によって、トレハロース含浸処理法での保存処理後の資料の内部状態を視覚的に捉えることができた。保存処理条件によって内部の状態が異なることが判明し、目指すべき保存処理後の内部状態を知ることができた。出土漆塗製品(特に近世期)を保存処理する場合、漆膜がカール・剥離する可能性があり、概して処理温度を高くできないことから、高濃度溶液を含浸することが難しく、内部に十分量のトレハロース固化物を形成させることができない。これらをクリアし、より良い保存処理条件を導き出すべく、まずは生花用吸水スポンジを用いて、トレハロース水溶液の固化の特性を知るための実験を行っており、継続中である。より良い保存処理条件の目処が付けは、出土資料による適用実験を試みる予定である。最終的な評価は、X線CT撮影にて行っていく。
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Causes of Carryover |
緊急事態宣言を受け、大学内も日常的な研究活動ができない期間が発生した。そのため、プレパラート作製補助者の雇用を2020年度後半にしか行うことができなかった。プレパラート作製はやや遅れ気味であるが、研磨の加減などの熟練や勘が必要で、人員を増やすことはできないため、来年度は雇用する日数を増やして対処したい。 蛍光X線分析の機器利用料を考慮していたが、本学理学研究科掛川研究室で所有しているハンドヘルドXRFを借用したため、機器利用料が必要なくなった。その分の経費をプレパラート作製の人件費に充てたいと考えている。 また、弘前大学人文社会科学部北日本考古学研究センターで所有するEDSを装備した走査型電子顕微鏡を借用するため、数回の弘前出張を予定していたが、1度も実現できなかった。来年度も頻回の出張・滞在は難しい可能性があり、弘前大学の学生さん等を弘前で雇用することを模索し、往来を避けて新型コロナの感染状況に影響のない方法をとりたいと考えている。出張費として考えていた費用を、雇用する賃金分に充てて、分析作業を進めていきたい。また、EDS元素マッピング分析に発生する消耗品費を残しており、分析作業が開始されれば使用することとなる。
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