2019 Fiscal Year Research-status Report
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19K01387
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Research Institution | Hokkaido University |
Principal Investigator |
林 誠司 北海道大学, 法学研究科, 教授 (20344525)
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Project Period (FY) |
2019-04-01 – 2022-03-31
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Keywords | 説明義務 / 保護法益 / 仮定的同意 / 自己決定権 |
Outline of Annual Research Achievements |
昨年度においては、医師責任法の各種責任法理が本来果たすべき役割を、それらの法理が本来保護すべき法益という視点から医師責任法体系の中で再定位するという本研究の最終目標に向け、説明義務に関する研究を進め、以下の知見を得た。 第一に、わが国では、説明義務は患者の生命・身体をその法益保護とすることが一般に承認されながらも、現実の裁判例は、説明がなされていたとしても現実に行われた治療と同じ治療を患者は受けていたであろうという「仮定的同意」を理由に、説明義務違反と患者の生命・身体の侵害の因果関係をほとんど認めないこと、第二に、しかし、「仮定的同意」の法理論上の位置付けは必ずしも明らかでなく、殊にそれを因果関係の問題として「説明があれば同意しなかったこと」の証明を患者に課すことは不可能を強いるに等しいこと、第三に、わが国における上記のような「仮定的同意」の位置付けは、比較法的検討からすると必然とは言い難く、加害行為の態様に応じた異なる位置づけの可能性があることである。さらに、上記の第三点目、特に比較法的検討から明らかになる、加害行為が不作為からなるときには、説明義務の保護法益として生命・身体よりも自己決定権侵害が前面に出てきうる点からは、わが国の「相当程度の可能性」侵害法理(裁判例においてこれが問題となるのは、もっぱら診療の不作為の責めが問われる場面においてである)を、従来わが国の議論で指摘されているような因果関係の証明軽減の法理(保護法益として患者の生命・身体を措定する法理)ではなく、むしろ保護法益として患者の自己決定権を措定する法理としてとらえ直すべきことが示唆される。 以上のように、説明義務の保護法益の内実とそれに基づく説明義務違反の判断構造を一定程度明らかにしたこと、及び説明義務法理と「相当程度の可能性」侵害法理の相互関係の一端を明らかにしたことが昨年度の研究実績である。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
本研究は、その遂行過程を大きく3段階に区分し、それぞれの段階を各年度において達成すべき事柄と位置付けている。その3段階とは、①事案に応じた説明義務の保護法益の相違を明らかにし、その相違に応じて説明義務違反と法益侵害の因果関係判断基準も異なりうることを明らかにすること、②「相当程度の可能性」侵害の保護法益の内実(特に生命・身体保護の可否)を明らかにし、そこから説明義務法理との適切な限界付け(各責任法理の適切な守備範囲)を明らかにすること、③上記「相当程度の可能性」侵害及び説明義務法理と、因果関係の証明軽減法理のそれぞれが機能すべき場面(これらの法理の相互関係)と限界を明らかにすると共に、診断過誤及び記録作成義務Dokumentationspflicht等のその他の責任法理との有機的連携のあり方を明らかにすることである。 昨年度は上記①の過程に相当する研究を遂行し、前記【研究実績の概要】に記載した通り、一定の成果を挙げることができた。
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Strategy for Future Research Activity |
今後は、前記【現在までの進捗状況】記載の研究過程②③における目標の達成に向けて研究を進める。その際、昨今の新型コロナウィルスの世界的な感染状況に鑑み、当初の研究計画の一部変更を予定している。 すなわち、現在、外国出張はおろか外国語文献の入手さえ困難な状況にあり、今後この状況がいつまで続くか見通すことができないことから、さしあたり現在入手可能な文献や情報を基に研究を遂行していかざるを得ない。そこで、比較的古くより議論が蓄積され、国内において関連する文献等を入手しやすい問題を優先的に取り扱うことになる。そのため、当初の研究遂行の順序を適宜変更する予定である。 また、当初の研究計画では、外国において現地の研究者との意見交換等を行う予定であった。しかし、当面は不可能であると考えられるため、研究期間の延長も視野に入れている。
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Causes of Carryover |
外国の研究者と意見交換をするため年度末に外国出張を予定していたが、新型コロナウィルスの急速な感染拡大により外国出張を急遽取り止めた結果、既に受け取っていた費用を返還したため。 今年度以降の改めて行う外国出張の費用とする予定。
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