2020 Fiscal Year Research-status Report
民法に多様に存在する解除原因の体系的連関に関する比較法的考察
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19K01399
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Research Institution | Osaka City University |
Principal Investigator |
杉本 好央 大阪市立大学, 大学院法学研究科, 教授 (80347260)
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Project Period (FY) |
2019-04-01 – 2023-03-31
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Keywords | 契約の解除 / 解除原因 / 債務不履行 / やむを得ない事由 / 重大な事由 / 雇用 / ドイツ法 |
Outline of Annual Research Achievements |
本研究は、解除の要件を契約の拘束力から当事者を解放する正当化根拠という意味で「解除原因」と捉えたうえで、法の歴史比較の観点から、民法が定める一般的な解除原因と特殊なそれとの体系的連関を解明し、これをもって2017年改正による解除の新規定(541-543条)の含意と射程を検証する理論枠組みの構築を目指すものである。研究期間2年目である2020年度では、歴史比較の観点から、雇用契約の解除を認めるドイツ民法626条の形成史に検討を加えることを目標とした。 ドイツ民法626条は、重大な事由を理由とする解約告知権を定める。要件となる重大な事由について、現在では同条は考慮基準を示すものの、本研究の対象となる1900年の枠組みのもとでは単に「重大な事由」と定めるのみの一般条項であった。この626条の形成史を遡ると、19世紀には、一般条項のように解約原因を定める立法モデル(例えば1861年の一般ドイツ商法典)もあれば、より具体的な解除原因を列挙する立法モデル(例えば1866年のドレスデン草案)も存在していた。そして、列挙された具体的な解除原因(解約告知原因)には、債務不履行の系列に置かれるべきものと、それとは異なる系列に置かれるべきものとがあった。このような法状況のもとでドイツ民法626条が成立する。その過程では、異なる系列の解除原因が存在することを明確に意識しつつ、それらの多様で具体的な解除原因を総括するために「重大な事由」という抽象的な枠組みが選択された。 わが国における現在の支配的見解では、「やむことを得ざる事由」は「債務不履行」よりも厳しい解除原因として、すなわち両者の関係は程度の軽重において理解される。本研究において明らかとなったドイツ法における歴史展開は、解除原因の体系的連関の一部を示すものであり、同時に、支配的見解にみられる解除原因の関係づけを相対化するものである。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
本研究がまずもって目指すのは、解除の要件を契約の拘束力から当事者を解放する正当化根拠という意味で「解除原因」と捉えたうえで、法の歴史比較の観点から、民法が定める一般的な解除原因と特殊なそれとの体系的連関を解明することである。研究期間1年目である2019年度には、民法541条以下の「債務不履行」を理由とする解除と、民法628条の定める「やむことを得ざる事由」を理由とする解除との関係性が重要であることが明らかとなった。この知見に基づき、研究期間2年目である2020年度では、歴史比較の観点から、雇用契約の解除を認めるドイツ民法626条の形成史に検討を加えることを目標とした。 この目標に従い、本年度は、まず、ドイツ民法典の成立について標準的なものとされる史資料を調査し、検討を加える作業を行った。具体的に言えば、部分草案に始まる具体的な起草過程のみならず、商業使用人の雇用に関する規定を持つ商法典や、営業労働者および工場労働者との労働関係を規律する営業条例などが対象とされた。また、これと並行して、ドイツ民法626条の形成史に関する先行研究について確認する作業を行った。 なお、以上の作業において、研究計画段階では明確に認識されていなかったものの、研究遂行にあたって極めて重要な問題を認識するに至った。すなわち、19世紀には複数の法源が絡み合いながら共存しており、労働関係における法規範の構造や姿形を正確に捕捉するには、民法典成立についての標準的な史資料の調査と検討では不十分であるとの認識である。そこで、この点に関する史資料の収集も行った。 以上から、おおむね計画通りに進展していると考える。
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Strategy for Future Research Activity |
本年度(2020年度)の作業で明確に認識されるに至った課題に取り組む。雇用契約において債務不履行が生じた場合、19世紀ドイツの民事規範では、重大な理由とする解除又は告知解約が認められ、当事者は契約による拘束から解放される。以上の準則をより深く正確に理解するには、その対抗物すなわち雇用契約に拘束される具体的な規範形態を、同契約に拘束される当事者の具体的な社会類型に即して捉える必要がある。19世紀ドイツの法源状況を前提とするならば、この課題に取り組むにあたって狭義の民事規範を対象とする検討では不十分である。そこで今後は、一方では手工業職人、工場労働者あるいは奉公人が結ぶ具体的な雇用関係に視線を向け、他方では関連する刑事規範や行政規範も視野に入れて、検討を進める。 今日、契約解除制度の制度趣旨は、一般に、契約による拘束力からの解放を正当化するところにあるとされる。制度趣旨に関するこのような理解は、民法が定める一般的な解除原因と特殊なそれとの体系的連関を明らかにするという本研究にとって、常に立ち返るべき基礎である。上記の検討は、この基礎に含まれた歴史的な含意と布置連関を明らかにするものであり、この点で本研究にとって不可避のものと考える。
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