2021 Fiscal Year Research-status Report
アメリカにおける二大政党の分極化は司法をどう変えたのか―下級審裁判官の指名の分析
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19K01452
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Research Institution | Keio University |
Principal Investigator |
岡山 裕 慶應義塾大学, 法学部(三田), 教授 (70272408)
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Project Period (FY) |
2019-04-01 – 2023-03-31
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Keywords | 司法政治 / アメリカ / 分極化 |
Outline of Annual Research Achievements |
本研究課題では、大統領による裁判官候補の指名の態様に着目して、二大政党のイデオロギー的分極化によってアメリカの連邦司法人事および司法府のあり方がどう変化したのかの解明を目指す。先行研究が主に連邦議会上院での承認過程に着目し、また通時的・一般的特徴を明らかにしようとするのに対して、本研究は歴史的変化にも目を向けている点に特徴がある。本来は大統領側の指命過程を明らかにするためにアメリカで一次資料調査を行う計画であったところ、それが困難なため、今年度は指名される側の法曹に焦点を当てて分析を進めるという新たなアプローチを採用した。 今日の司法人事には、裁判官のイデオロギー的分極化に加え、上級審に下級審の裁判官が任命される傾向が強まっているという特徴がある。法曹一元制をとるアメリカでのこうした変化は「裁判官の専門職化」と呼ばれるが、この現象は、裁判官を目指そうとする法曹の政治的野心と組み合わさる形で裁判官の分極化につながったのではないかと考え、それを明らかにするための分析枠組みを構築した。 かつてはどの裁判所についても裁判官以外の法曹が任命されることが多く、下級審から上級審という司法府内のキャリアといえるものは存在しなかった。そのため、法曹の側でも裁判官になって判例形成を通じて政策・政治的目的を実現したいという考えにはなりにくかった。ところが、20世紀後半から、主として政策選好を共有する法曹を見つけやすいという理由から、下級審の裁判官を上級審に登用する傾向が強まり、それを受けて法曹が裁判官としてのキャリアを意識して行動するようになったとみられるのである。2021年度には、こうした枠組みの妥当性を検証するために、資料調査および司法人事のデータセットの構築も開始している。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
研究実績の概要でも記した通り、本研究課題では大統領の司法人事への取り組みを一次資料調査も活用して明らかにしようとしているものの、コロナ禍で実現が難しく、研究方針の再検討を余儀なくされてきたところである。 2021年度の前半には、昨年度の実績報告書にも記載した通り、各政権の行政官人事との比較を通じて司法人事の特徴を明らかにする方針で分析を行った。しかし、大統領が極力早く多くの裁判官を任命しようとする司法人事に対して、行政官に関しては、大統領が役割を限定したい省庁の役職にあえて人事指名を控えたり、議会の閉会中を狙って上院の審査を要しない暫定の人事を行う、といった重要な違いがあり、単純な比較が難しいという問題がある。これを乗り越えて、どのように有意義な比較を行うかの模索を続けてきた。 その一方で、研究実績の概要でも述べたように、長期的に大統領が下級審の裁判官を上級審に登用する傾向が強まったことによって、政治的野心を持つ法曹側の意識が変わり、裁判官としてのキャリアを積み上げることで政治的目的を達成しようとするようになったのではないかという着想を得て具体的検討を進めてきた。この見方は、裁判官として「出世」できるように法曹がイデオロギー的に行動するようになることと整合的であり、連邦司法府が内部でイデオロギー的に分極化してきたことをうまく説明できると期待している。 このように、当初計画した通りの方法での研究が難しいという状況が続いているものの、それを受けて分析対象を他の角度から検討することで新たに重要な分析枠組みが構築されつつあり、研究課題全体としては概ね順調に進展していると考えている。
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Strategy for Future Research Activity |
今後、本研究課題については、大きく相互に補完的な二つの方向からの推進を考えている。第一は、当初の計画通り、過去半世紀の大統領がいかに司法人事を行ってきたのかに関する歴史分析であり、とくに二大政党のイデオロギー的分極化の始まった頃と今日を対比する形で進めていく。ただし、2022年度も文書館調査を実施できるかどうかは微妙な状況であり、実施が困難な場合はこれまで通り二次文献および公刊一次資料に基づく分析を進めたいと考えている。なお、その場合、2023年度には渡米が可能になることを期待して、本研究課題について延長申請を行うことも想定している。 第二に、2022年度には任命される法曹側に注目した分析に力を入れたいと考えている。現在の見立てに間違いがなければ、裁判官の「専門職化」が進むにつれて、下級審から裁判官としてのし上がっていこうとする法曹が増えていくとみられる。実際、21世紀に入る頃から、最高裁裁判官に任命された人物について、連邦控訴審裁判所の裁判官時代から最高裁への任命への野心が取り沙汰される者が出てきている。とくに、共和党側でジョン・ロバーツやブレット・キャヴァノーらが例として挙げられる。 こうしたことから、2022年度には、連邦裁判官のキャリアパスの歴史的変遷およびその要因を、司法の分極化との関係を意識して分析する。伝記など豊富に情報が残されている最高裁裁判官を中心に、個人別にそのキャリアと本人の意図を探るだけでなく、連邦裁判所にどのような人物が採用され、また上級審に(再)任命されていったのかを司法人事のデータベースを活用して定量的にも明らかにしたいと考えている。このように、大統領側と法曹側の両方から司法人事の長期的変容にアプローチし、得られた分析結果を踏まえて研究成果のとりまとめに進みたい。
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Causes of Carryover |
本研究課題については、直接経費予算のかなりの部分をアメリカでの資料調査および学会発表のための旅費・滞在費として計上しているが、コロナ禍により2年間いずれも実施できていないことから、今後渡航が可能になった場合に使用すべく次年度に繰り越すこととした。2022年度にこれらの経費として適切に使用したいと考えている。
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