2019 Fiscal Year Research-status Report
競争的権威主義からの民主化:マレーシア政権交代の政治経済学
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19K01466
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Research Institution | Institute of Developing Economies, Japan External Trade Organization |
Principal Investigator |
中村 正志 独立行政法人日本貿易振興機構アジア経済研究所, 地域研究センター東南アジアI研究グループ, 研究グループ長 (90450494)
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Co-Investigator(Kenkyū-buntansha) |
熊谷 聡 独立行政法人日本貿易振興機構アジア経済研究所, 開発研究センター 経済地理研究グループ, 研究グループ長 (20450504)
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Project Period (FY) |
2019-04-01 – 2023-03-31
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Keywords | マレーシア / 民主化 / 競争的権威主義 / 政治経済学 |
Outline of Annual Research Achievements |
2019年度は本研究課題の初年度であったため、前半は関連データの整理と先行研究の議論を整理する作業に費やした。極小国家で産油国であるブルネイを例外とすれば、マレーシアの所得水準は東南アジアではシンガポールに次いで高い。シンガポールもまた都市国家であることを鑑みれば、東南アジアの「普通の国」のなかではもっとも経済的に成功した国だといえる。上位中所得国のランクに長年とどまっていることから中所得国の罠に陥っていると指摘されるものの、マレーシア経済は、同じく罠に嵌まった事例とされるラテンアメリカ諸国に比べれば大幅に、近隣のタイと比べてもかなり良好で、高所得国入りは目前である。 ここ数年、中所得国の罠の研究はこれまでの政策論から政治経済学的検討へと重点が移ってきている。罠を脱するためにはR&D能力を高め生産性を改善する必要があり、そのためには教育・訓練の拡充が必要だとこれまで繰り返し指摘されてきた。いま問われているのは、そうした政策を実行できたりできなかったりするのはなぜかという問題であり、格差の程度やインフォーマルセクターのサイズ、外国企業への依存度などが生産性改善のための制度構築に影響するとの指摘が出てきた。 本研究でも、第1段階の作業として、マレーシアの持続的な経済成長を支えた社会的、政治的条件の検討を進めている。長期的な経済成長と所得水準の向上が社会的亀裂の変容をもたらし、その後の「選挙による民主化」を促したと考えられるからである。この点ではまだ出版にいたった成果はないものの、計画年度中に出版を目指して作業を進めている。 他方、2020年2月にはマレーシアで与党連合だった希望連盟が分裂し、与野党の組み替えによる「選挙なき政権交代」が実現した。民主主義が定着する前に瓦解する可能性も出てきた。これについては詳しい動向の把握につとめ、ウェブ媒体等で論考を公開している。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
2018年のマレーシアにおける「選挙による民主化」の前提条件になったのは野党の協調である。野党間協調は、長い年月をかけ、一進一退を繰り返しながら進んできたが、その背景となったのは社会経済条件の漸進的変化である。この、民主化に至る過程の根底をなす部分に関する検討を、今年度をおもな課題に位置づけて作業を進めてきた。これについては、データの整理と先行研究における論点の洗い出しがおおむね予定通り進んでいる。 一方で、年度後半にはマレーシアの政治情勢に大きな変化があり、情報収集と分析に時間を費やすことになった。与党連合の分裂、組み替えによる「選挙なき政権交代」は、2018年の選挙による民主化の実態を損ないかねないものである。マスコミ統制の強化のような強い揺り戻しはまだ起きていないものの、引き続き情勢を注視し逐次分析していく必要がある。 仮に、このあとマレーシアの政治体制が権威主義化していったとしても、それは2018年の選挙で生まれた民主主義体制が定着しなかったことを意味するのであって、「選挙による民主化」が生じたという評価が間違っていたということにはならない。しかし、その民主主義はきわめて脆弱だったということになるので、なぜそうだったのかというきわめて重要な問いが新たにもたらされることになる。ゆえにこの先の政局の展開は、本研究課題の内容に大きな影響を与える。当初は2018年の民主化という帰結がなぜもたらされたのかを検討することが本研究の主要なテーマであったが、これに加えて、新たに生まれた民主主義がなぜかくも脆弱なのかという問いに取り組む必要が生じている。 2019年度についてはおおむね予定通り進めることができたが、2020年度以降については現在進行形で進む事態を分析しつつ、取り組むべき問いとアプローチを見直す必要が出てくるかも知れない。
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Strategy for Future Research Activity |
2019年度は、諸般の事情により当初予定していた現地調査を行うことができなかった。しかし、その分の時間を長期的な社会経済的データの整理、分析と先行研究の論点整理などにあてることができた。 むずかしいのは、2020年に入ってマレーシアの政治情勢が混沌としてきたことである。競争的権威主義からの民主化が実現してわずか2年足らずで、早くも体制が不安定化している。本研究課題にとっては、説明対象となる現象が揺らぎはじめたことになる。したがって、その要因に関する検討もより幅広い視点で見直さざるを得ない。今年度からは、現在進行形で政治情勢をフォローしつつ、その分析を本研究課題の考察に繰り込んでいく作業が必要になる。いまはこの作業を進めているところである。 現地調査については、現地の政治情勢を見極めつつ、コロナ禍による入国規制等の問題が解決した後に実施する予定である。
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Causes of Carryover |
諸般の事情により、2019年度に予定していたマレーシアでの現地調査を先送りせざるを得なくなった。また、PC(Mac)の購入がたまたまモデルチェンジの時期に当たってしまったことから、所属機関による調達手続きが長らく中断されてしまっていたため、入手後にソフトウェアや関連機器を発注する時間的余裕がなかった。残額は2020年度の現地調査等で使用する予定である。
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