2020 Fiscal Year Research-status Report
競争的権威主義からの民主化:マレーシア政権交代の政治経済学
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19K01466
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Research Institution | Institute of Developing Economies, Japan External Trade Organization |
Principal Investigator |
中村 正志 独立行政法人日本貿易振興機構アジア経済研究所, 地域研究センター, 次長 (90450494)
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Co-Investigator(Kenkyū-buntansha) |
熊谷 聡 独立行政法人日本貿易振興機構アジア経済研究所, 開発研究センター 経済地理研究グループ, 研究グループ長 (20450504)
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Project Period (FY) |
2019-04-01 – 2023-03-31
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Keywords | マレーシア / 民主化 / 競争的権威主義 / 政治経済学 |
Outline of Annual Research Achievements |
2020年度は、マレーシアを事例に競争的権威主義からの民主化を考察する本研究課題にとって重大な政治的変化が生じた。2021年にマレーシア政府が非常事態宣言を全土に発出し、議会と選挙を停止したのである。表向きの理由はコロナ禍への対策を柔軟かつ迅速に実施するための措置とされているが、政権維持のための措置であるのは明白である。連立与党はかろうじて下院の過半数を維持していたが、ムヒディン首相率いるPPBMと連立内の最大勢力であるUMNOの対立が激化し、UMNOの連立離脱の可能性が高まっていた。そこで政権崩壊を防ぐため、先手を打って政府が非常事態宣言を発出して議会停止に持ち込んだと見られている。 政権維持を目的に議会と選挙を停止した現在のマレーシアの政治体制は、民主主義とは評価できない。2018年5月に生じた「選挙による民主化」は、2020年3月の「選挙なき政権交代」を経て、権威主義体制に逆戻りしたと見るのが妥当であろう。 本研究課題を2018年に申請した際には、マレーシアを競争的権威主義からの民主化に「成功」した事例と位置づけて、そこに至ったプロセスを政治経済学的観点から分析する予定であった。しかし2020年2月の政変以降に生じた現象は、この前提が崩れつつあることを示している。 2020年度においては、こうしたマレーシアにおける政治情勢の急激な変化をフォローするとともに、状況の変化にあわせて新たな分析の視点を模索した。現時点では、長期的な社会経済的要因と短期的な政治的要因に規定されている政治的連携関係の動態を分析することで、長年続いた安定的な競争的権威主義が急速に不安定化したメカニズムを説明できるのではないかと考えている。現時点では、その直接の産物として出版にいたった成果はないが、代表者と分担者の共著による書籍を作成するという前提で作業を進めている。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
2020年2月にマレーシアで政変が生じ、翌月に「選挙なき政権交代」が生じたことを受けて、昨年度は本欄に以下のように書いた。「(その後の体制が再び権威主義になるなら、2018年の総選挙でもたらされた)民主主義がなぜそれほどまでに脆弱だったのかという問いが新たにもたらされることになる」。その後に生じたのはまさに体制の再権威主義化であった。2018年の総選挙で「選挙による民主化」が生じたという評価が間違っていたわけではないが、その体制が2年足らずで瓦解したことを鑑みれば、「選挙による民主化」だけに焦点を絞るのではなく、競争的権威主義の不安定化というフレームで捉えるべきであろう。 情勢の変化を踏まえて、2020年度は政治的連携関係と社会経済的条件との長期的相互作用を検討するという方針のもとで作業を進めた。政治的連携関係の在り方は経済のパフォーマンスに影響を及ぼすと考えられる一方、逆に経済パフォーマンスが政治的連携関係に影響するとも考えられる。前者については、近年さかんになりつつある「中所得国の罠」に関する政治経済学的研究において、制度改革を志向する幅広い政治的連携関係ができるか否かが罠に陥る国とそうでない国を分けるとの議論がある。一方、後者は「リプセット仮説」に通じるものである。こうした観点からマレーシアの事例を分析するための作業を始めており、社会経済的条件との相互作用のなかで政治的連携関係の安定/不安定を捉えるフレームができつつある。 2020年2月からの情勢変化の激しさを鑑みれば、それを視野に入れて研究の方向性を調整できているという点においてはおおむね順調に進んでいると考えられる。コロナ禍のために現地調査を実施できないという問題はあるが、現時点では国内で入手可能な資料を用いて分析を進めている。
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Strategy for Future Research Activity |
2020年度は、コロナ禍により当初予定していた現地調査を行うことができなかった。そこで昨年度に引き続き、長期的な社会経済的データの整理、分析と先行研究の論点整理などの作業を行った。また、2020年2月の政変によってマレーシアの政治情勢が非常に流動的なものとなり、2021年の非常事態宣言発出によってその政治体制はもはや民主主義とは評価しがたいものとなってしまったことから、研究課題を根底から見直す必要が生じた。2020年度は政治動向を細かくフォローしつつ、本研究課題を軌道修正するための作業を行った(内容については前項を参照されたい)。 2021年度は、将来的に代表者と分担者の共著の書籍として出版することを念頭に、これまでの作業を継続して進め、草稿を執筆する予定である。現地調査については、現地の政治情勢を見極めつつ、コロナ禍による入国規制等の問題が解決した後に実施する。
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Causes of Carryover |
コロナ禍によって現地調査を実施できなかったことがおもな理由である。2021年度も現地調査を実施できる環境になるかどうかは未確定であるため、渡航できない場合には研究分担者の熊谷がデータ分析を行うのに必要なPC等の購入に充てる予定である。
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