2022 Fiscal Year Research-status Report
競争的権威主義からの民主化:マレーシア政権交代の政治経済学
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19K01466
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Research Institution | Institute of Developing Economies, Japan External Trade Organization |
Principal Investigator |
中村 正志 独立行政法人日本貿易振興機構アジア経済研究所, 地域研究センター, 主任調査研究員 (90450494)
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Co-Investigator(Kenkyū-buntansha) |
熊谷 聡 独立行政法人日本貿易振興機構アジア経済研究所, 開発研究センター 経済地理研究グループ, 研究グループ長 (20450504)
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Project Period (FY) |
2019-04-01 – 2024-03-31
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Keywords | マレーシア / 民主化 / 競争的権威主義 / 政治経済学 |
Outline of Annual Research Achievements |
本研究事業では、マレーシアを競争的権威主義から民主化した事例と位置づけて、そのプロセスを政治経済学的観点から分析する予定だった。しかし2020年に政変が生じ、権威主義体制下の政権党「統一マレー人国民組織」(UMNO)が連立与党入りを果たすなど、マレーシアが民主化したという研究計画の前提を覆す事態が生じた。 2022年11月には第15回総選挙が実施され、2018年選挙で勝利した希望連盟が政権与党に返り咲いた。この点のみに着目するなら、今回の選挙によってマレーシアが民主化したことが改めて確認されたといえる。しかし、新政権では汚職疑惑が濃厚な政治家が重職に復帰することになってしまった。希望連盟(PH)は単独で過半数議席を得ることが出来ず、汚職容疑で起訴されているザヒドUMNO総裁率いる国民戦線(BN)と連立したのである。首相に就任したアンワルPH代表は、ザヒドBN議長を副首相に任命した。 第15回総選挙から連立形成、組閣に至る過程については、研究代表者である中村正志が「『改革派』と『泥棒政治家』の奇妙な連立:2022年マレーシア総選挙」と題した約16,000字の論考で記述・分析し、所属機関のウェブマガジン『IDEスクエア』を通じて発表した。また、1990年代後半にUMNO副総裁と同青年部長の間柄だったアンワルとザヒドが再び手を組むという展開はある程度予想できたため、UMNOが分裂を繰り返して今回の選挙に至った過程を「30年来の権力闘争に最終決着か?:2022年マレーシア総選挙」と題した小論にまとめ、同じく『IDEスクエア』において発表した。 民主化の行方が依然として定まらないなか、政治的連携関係のあり方と社会経済的条件は相互に影響を及ぼすものであることから、本研究事業では前者の後者に対する影響に関する分析を同時に進めてきた。その成果を2023年度に書籍として刊行する予定である。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
2020年2月以降、マレーシアの政治情勢がめまぐるしく変化するなかで、この変化をフォローし分析することが本研究プロジェクトの重要課題の一つになっている。この課題については、なるべくタイムリーにその時点での研究成果を発表するのが肝要であり、所属機関のウェブマガジン等を通じてこれを継続的に行ってきた。 また情勢変化を受けて、2020年度からマレーシアにおける政治的連携関係と社会経済的条件との相互作用を総合的に検討するという方針で作業を進めてきており、2021年度以降はひとまず前者の後者への影響、すなわち経済に対する政治の影響を先にまとめるという方針をとった。なぜなら、2020年2月政変以降の情勢変化により、2018年選挙を機に生じた体制変動は「民主化」というより「権威主義の不安定化」と捉えたほうが適切である可能性が出てきたためである。評価が困難な変数を非説明変数に設定するのはむずかしい。他方、経済面に目を向ければ、マレーシアは「中所得国の罠」に嵌まっているといわれつつも、安定成長を継続している。経済に対する政治の影響を分析するという作業は、本研究事業において当初はサブ・プロジェクトの位置づけであったが、政治情勢が変転し続けている現状においては、まずこちらの分析を成果としてまとめるべきであろうとの判断にいたったのである。 上記の研究成果は、研究代表者の中村と研究分担者の熊谷との共著の書籍『マレーシアに学ぶ発展戦略――中所得国の罠を超えて(仮題)』として2023年度中に作品社より刊行される予定である。1年間の期間延長を申請することにはなったが、作業はおおむね順調に進展しているといえるのではないかと考えている。
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Strategy for Future Research Activity |
前項で述べた研究成果『マレーシアに学ぶ発展戦略――中所得国の罠を超えて(仮題)』は、すでに最終原稿を脱稿しており、出版社側の作業を待っている段階である。おそらく2023年の9月ないし10月、遅くとも2024年2月までには刊行される予定である。 上記の研究成果の出版のための作業とは別に、2022年11月の選挙で誕生したアンワル政権の動向を注視し、適切なタイミングを選んで分析の成果をウェブ媒体等で発表していく予定である。アンワル政権は権威主義体制期の政権党であるBNとの連立のうえに成り立っており、法定機関や政府系企業の執行役への与党政治家の登用の乱発など、かつてアンワルらが厳しく批判していたはずの行為を継続している。それだけでなく、野党幹部の刑事訴追が頻発しており、これはかつてのBN体制時代と同様の政治的権利に対する侵害だと見なすこともできる。こうした展開については、2023年度中に分析・発表する予定である。 2018年の政権交代以降の政治体制には、競争的権威主義と見なされていたそれ以前の政治体制と同様の問題ある制度・慣行が存続している一方、議会活性化の制度改革など、民主化のための政治改革が進展した分野もある。2018年以降の政治制度・慣行とそれ以前とを比較し、「結局マレーシアは民主化したのか」という問題を明らかにするための作業もあわせておこなう予定である。
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Causes of Carryover |
次年度使用が生じたのは、本研究事業の対象期間中にコロナ禍があり、予定していた現地調査が実施できなかったことがおもな要因である。2022年度も、コロナ禍の影響が残っていること、ならびに代表者、分担者ともに私的な諸事情があり現地調査を実施できなかった。2023年度については、少なくとも代表者は現地調査を実施できる見込みである。また、本研究事業の成果である書籍が今年度中に刊行される見込みなので、残額分から献本分の買い取りと発送費を支出する予定である。
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