2019 Fiscal Year Research-status Report
Natural law thought in political economy in early nineteenth century Britain
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19K01580
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Research Institution | Ibaraki National College of Technology |
Principal Investigator |
井坂 友紀 茨城工業高等専門学校, 国際創造工学科, 准教授 (60583870)
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Project Period (FY) |
2019-04-01 – 2022-03-31
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Keywords | アイザック・バット / Isaac Butt / 自然権 / 自然法思想 |
Outline of Annual Research Achievements |
2019年度は,アイザック・バット(Isaac Butt, 1813-1879)の経済思想にみられる自然権論を主たる研究対象とした. アイルランドの自治要求運動の主導者として知られるバットは,同時に経済学者でもあった.経済思想家としてのバットの特徴は,正統的経済学を教授する立場にもあった彼が,実は一貫して,鋭い経済学批判を展開していた点にあった. バットはまず,既存の経済学が「価値の創造」すなわち「生産」を手段ではなく目的としている点を批判し,「十分な労働報酬」という「分配の問題」こそが「真に重要」であるとした.彼は自由放任主義を批判し,働く意欲のある者が食えないという分配状況の改善と,小作農の保有の安全を確保するための国家介入を提唱した.これらの主張の根底にあるのは,経済学が検討を回避してきた「貧しい者の権利」論であり,バットは「その土地に住まい食料を得る-自身の労働によって生活手段を得る,という貧者の偉大な権利」を,財産権に優先する「第一の,そして最も神聖な」権利であるとした. 重要なのは,財産権への国家による干渉,従ってまた生まれた土地に生きる権利の保障が,自然法学的観点から正当化されたことである.地主による土地からの小作人の追い出し等の行為は共同体にとって有害なかたちでの財産権の行使は認めないという「偉大な社会契約」に反する.したがって,他の全ての方策が効果をなさないのであれば,「法律と財産権に反対し,自然的正義と自然権を支持するかたちで,干渉すること」が国家の義務となる.逆にいえば,例えば小作人による土地改良が地主のものとなるような法制度は,「自然的正義と自然権とに反している」わけである. 以上のようにバットは自然法思想を1つのベースとして正統的経済学を鋭く批判した.彼の経済思想の検討は自然法思想と経済学の関係をめぐる議論に一石を投じるものでもあるといえよう.
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
上述の通り,2019年度はアイザック・バットの経済思想における自然権論を主たる研究対象とした.新型コロナウィルスの影響により予定変更を余儀なくされた面はありつつも,研究は概ね予定通りに進んだ. その要因の1つは,資料収集が予想していた以上に順調に運んだことである.予定していたアイルランド国立図書館での資料収集は新型コロナウィルスの影響により断念せざるを得なくなったが,公刊されたバットの著書のほとんどはGoogle Booksや電子データベース(Making of the Modern World)を通じて入手することができた.バットの演説概要などを知る手がかりとなるアイルランドの新聞については,1738年以降同国で発行された新聞記事のデータベースであるIrish Newspaper Archivesを利用することで網羅的かつ効率的にチェックをすることが可能となった.さらに,議会資料についても,新型コロナウィルスの影響で国立国会図書館でのデータベース検索・複写(UK Parliamentary Papers)が困難となってはいるものの,イギリス議会のウェブサイトで議会での主要な発言については確認できているため,それほど大きな打撃はない. もう1つの要因は,想定していた以上に資料の読み込みが進んだことである.2019年度は教育・学内業務負担がそれほど重くはなかったため,例年よりも多少研究時間が増加した.2019年秋までにバットの主要な経済学関連書を全ページ読み終え,その経済思想の全体像を掴むことができた. 11月にはここまでの研究成果を一旦取りまとめ広く他の研究者の意見をいただくべく,経済学史学会の第84回全国大会に報告申請をし,無事受理された.こちらも新型コロナウィルスの影響で大会自体は延期となったが,報告申請や報告準備のプロセスもまた研究の進展につながるものであった.
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Strategy for Future Research Activity |
これからの研究推進の方策は,大きく2つある. 1つは,バットの経済思想における自然権論の深掘りである.上述のようにバットの経済学あるいは政策論において自然権論がどのように立ち現れているかという点については既に明らかにすることができた.しかしながら他方で,バットの自然権論がどのように形づけられたものなのか,より簡潔にいえば,「誰の影響を受けたものであるのか」を検討する作業はこれからである.当面の課題として,自然権論の典拠としてバットが言及しているバーク(Edmund Burke, 1729-1797),サドラー(Michael Thomas Sadler, 1780-1835),そしてドイル(James Warren Doyle, 1786-1834)の議論について,資料収集と読み込みを進める. 2つめは,バット以外の非主流派経済学者等の自然権思想の検討である.申請書に記載の通り,本研究課題が対象とする非主流派経済学者は大きく2つに分けられる.1つは内田義彦や水田洋が自然権論の担い手として指摘していた「ゴドウィン的無政府主義」者,「小市民急進主義」者であり,もう1つはこれまで自然法思想の担い手とはみなされていなかった経済学者である.2019年度に重点的に研究したバットは後者に該当する.2020年度においては,上述のバットの自然権論の深掘りと並行して,前者の経済思想家についても研究を進めたい.特にバットとの直接のやりとりもあったオコンナー(Feargus O’Connor, 1796-1855),あるいは当初予定していた研究対象期間からは外れるが同じくバットと繋がりの深いパーネル(Charles Stewart Parnell, 1846-1891) あるいはダヴィットMichael Davitt (1846-1906)の経済思想は検討の価値が大きいものと考えている.
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Causes of Carryover |
アイルランド国立図書館での資料収集を2020年2月24日から予定していたが,新型コロナウィルスの感染拡大の影響により,中止を余儀なくされた.
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