2020 Fiscal Year Research-status Report
中央政府,政策対象の反応および漸増主義を考慮した地方自治体の戦略的行動の実証分析
Project/Area Number |
19K01727
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Research Institution | Kyoto Sangyo University |
Principal Investigator |
菅原 宏太 京都産業大学, 経済学部, 教授 (90367946)
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Project Period (FY) |
2019-04-01 – 2023-03-31
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Keywords | ソフトな予算制約 / 地方交付税 / 因果関係分析 / 漸増主義的行動 / 転移効果 |
Outline of Annual Research Achievements |
本年度の研究実績は次の3つである。 1.菅原宏太,2021,地方交付税制度のインセンティブ問題-パネル自己回帰モデルによる考察-,京都産業大学経済学研究科ディスカッションペーパー No.2021-01。パネル自己回帰モデルを用いて,中央政府と道府県の政策決定の手番関係を考察した。分析結果から,第1に歳出と地方債発行の局面から捉えると地方交付税制度においてソフトな予算制約問題が生じる手番関係ではないこと,第2に地方税の局面から捉えても地方交付税制度は歳入面のホールドアップ問題を生み出す環境ではないことが明らかとなった。これより,地方交付税制度のインセンティブ問題を分析する際には,手番関係を確認し適切な実証分析モデルを選択することが重要であることを指摘した。 2.菅原宏太,2020,地方公営企業の行動原理についての理論的整理,地方分権に関する基本問題についての調査研究会報告書・専門分科会(財政マネジメントの強化),p.3-39。地方公営企業を具体的な事例として,その組織特性,地方自治体本体と事業主体間のプリンシパル-エージェント問題,地方自治体本体の意思決定問題の 3 つの観点から文献をサーベイし考察した。地方公営企業の経営改革のための制度設計にあたっては,1 対 1 の単純なプリンシパル-エージェント関係だけでなく,地方自治体本体と事業主体を取り巻く環境についても考慮しながら,地方公営企業の行動原理を捉える必要があることを提唱した。 3.日本財政学会第77回大会において,「ふるさと納税の自治体間競争に係る実証分析」(片木博 慶応義塾大学大学院)に対する討論を行った。討論資料において,返礼品設定に関する自治体間参照行動の構造について理論的な考察の必要性を指摘するとともに,分析に使用する変数と理論モデルとの整合性と実証分析モデルの技術的な問題の解消について,報告者へアドバイスした。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
3: Progress in research has been slightly delayed.
Reason
菅原(2021)では,日本の地方交付税制度のインセンティブ問題について,先行研究における地方自治体先導モデル(DLモデル)の仮定を疑い,実際の財政調整関係がDLモデルなのか中央政府先導モデル(CLモデル)なのかを実証分析した。 分析結果を得るために,地方交付税収,歳出総額,地方債発行額,地方税収についての決算額と予算額の乖離の状況を精査する中で,地方自治体の政策決定については,本研究の研究計画に挙げた漸増主義的行動だけでなく,転移効果とも考えられる事象が見られた。転移効果とは,従来は戦時などの異常時によって増加した歳出の水準がその後の平時においても継続されてしまうことを指していた。しかし,本研究で考えられるのは政権交代による中央政府の政策方針の変更による歳出額や地方債発行額へのショックの影響が収束しないという現象である。 また,菅原(2020)において,地方公営企業の行動原理を観察する中で,下位の公的組織である地方公営企業の漸増主義的行動や転移効果などには上位組織である地方自治体や国の政策が影響していることも推察された。例えばそれは,国-地方自治体-地方公営企業という階層間でなされる財源措置や,地方自治体間での水平的な競争や参照行動によるものである。 しかしながら,本年度は新型コロナウイルス感染防止の観点から,地方自治体等への訪問によるインタビュー調査を通じた定性的な分析を行うことができなかったため,上述の漸増主義的行動や転移効果は実証分析の結果の解釈においてその可能性を付随的に推察されたものに過ぎない。 そこで,今後の研究においては,第1に,漸増主義的行動や転移効果を計量分析によって捉えることに取り組む。第2に,計量分析の結果に基づいて,実際の行政の現場における意思決定過程を把握するためにインタビュー調査による定性分析に取り組む。
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Strategy for Future Research Activity |
菅原(2021)については,次の3つの拡張を考えている。第1に,地方債発行よりも地方自治体の裁量的決定の余地がある地方単独事業費について,地方自治体の機会主義的行動を検証することである。他方で,第2に,民生費等の裁量的決定の余地の少ないと思われる歳出項目との比較を通じて,漸増主義的行動を検証することである。第3は,分析対象期間(1985~2017年度)における構造変化(例えば,地方分権一括法施行や三位一体改革)の影響を,ダミー変数やサンプル期間分割によってコントロールすることで転移効果を検証することである。 また,これらの拡張的な分析に加えて,中井(2007)『地方財政学-公民連携の限界責任-』で用いられている対比係数について構成要素の分解とそれらの年次的な変化を分析し,地方交付税制度を通じた漸増主義的行動や転移効果の都道府県間での相違を検証する。 以上の分析結果に基づいて,国が策定する地方財政計画と地方自治体の予算編成プロセスとの連関および地方自治体内での予算配分決定の実態を調査するために,総務省および都道府県の関連部署へのインタビュー調査に取り組む。 菅原(2020)については,水道事業を具体事例として次の2つの拡張を考えている。第1に,民間活用の取組みに対して,地方交付税制度を通じた財源措置の影響を考察することである。予算制約のソフト化による経費削減インセンティブの喪失が民間活用の進捗状況の違いとして表れるかを実証分析する。第2に,水道料金水準の決定プロセスにおける地方自治体間の相互参照行動を検証することである。菅原(2020)では,水道料金の設定がラムゼイ・プライシングルールから乖離する要因の一つとして相互参照行動を上げており,その仮説を実証分析する。
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Causes of Carryover |
新型コロナウイルス感染症感染防止のため,参加を予定していた学会がオンライン開催となった。また,地方自治体等への訪問を通じたインタビュー調査も自粛した。これらのために,本年度に旅費を使用することができず,次年度使用額が発生した。 これらについて,次の使用を計画している。第1は,学会や研究会などへのオンライン参加および研究者間でのオンライン打ち合わせのための機器の更新として物品費を計上する。第2は,インタビュー調査のための旅費を計上する。ただし,これについては本年度同様に新型コロナウイルス感染症の感染状況を踏まえて実際の使用を調整する。
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