2019 Fiscal Year Research-status Report
Project/Area Number |
19K01796
|
Research Institution | Kyoto Sangyo University |
Principal Investigator |
上野 継義 京都産業大学, 経営学部, 教授 (00183749)
|
Project Period (FY) |
2019-04-01 – 2022-03-31
|
Keywords | 人事管理 / 安全運動 / 産業看護 / インダストリアル・エンジニアリング / 人間工学 |
Outline of Annual Research Achievements |
20世紀初頭アメリカにおける人事管理の生成という歴史現象を、この管理運動の担い手の思想と行動に即して、実証的に説明するのが本研究の目的である。 (1)産業看護の起源について通説をみなおし、新しい専門職“industrial nursing”の思想前提を明らかにした。この専門職名を案出したのは訪問看護運動のリーダーたちである。1910年代前半に各州で労働者災害補償法が通過したのにともない、自己の職業領域の拡大と専門職化を推し進めるべく、将来性のある仕事領域として産業企業を意識した結果である。そして1916年に産業看護の歴史を振り返る時、新しい産業看護婦像を過去に投影して、19世紀の史実を篩にかけた。それが今日の通説の起源であり、背後には、正規の看護教育を受けた正看護婦が公衆衛生看護の仕事に就くべきであり、看護はマターナルな感性によって支えられる女性専門職であるとの強い自負があった。 (2)人事管理運動の総体把握に関連して、運動の担い手である専門的中間管理者たちの思想と行動の特徴を明らかにした。従来の研究は、認識枠組みや立場の違いを問わず、大企業経営者が一群の専門管理者の手を借りて新しい労務政策を採用したと述べている。これに対して、私は物語の主語を変更する。改革の担い手は、企業規模の拡大につれて雇用されるようになった新興の専門的中間管理者層に属する人たちである。新しくできあがりつつある階層的管理組織を駆け上がろうとの野心の持主であり、自己の仕事領域を一個の専門職として構成し、企業内に固有の管理領域を作り上げる方向で行動した。人事管理運動の推進力は、究極的には、この人たちの思想と行動から生まれた。彼らは「セールスマンシップの才能」を駆使して自己の問題解決策を雇主に売り込み、その結果として、中堅企業や大量生産型の大規模企業に「ウェルフェア・キャピタリズム」が普及した。
|
Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
1: Research has progressed more than it was originally planned.
Reason
2019年度は以下の三つの方向で研究をすすめ、成果を挙げることができた。 (1)人事管理運動の一翼を形成する管理運動のうち、産業看護運動ならびにインダストリアル・エンジニア運動について、研究報告をおこない、それぞれ研究論文にまとめた。産業看護の論文「19世紀末アメリカにおける産業看護の起源──創成神話の成立とその歴史的背景──」は、学術誌『アメリカ経済史研究』の査読が通り、「掲載可」の審査結果を得た。 (2)社会経済史学会の企画である『社会経済史学事典』(丸善)の項目「人事労務管理」ならびに「ウェルフェア・キャピタリズム(福祉資本主義)」について原稿をまとめ、すでに提出済みである。『事典』の刊行は本年11月に予定されている。 (3)20世紀初頭に進展した組織的な安全運動(the organized safety movement)の標語として一世を風靡した「安全第一」について考察を深めた。この標語は、いつ、どこで、誰が、どのような状況のなかで作ったものなのか。安全運動の草創期から問われてきたこの古典的な問いについて解答すべく、一書をまとめる方向で取り組み、ほぼ7割方完成した。この作業は、事実上、アメリカと日本の安全運動生成史を辿り直すことになった。安全運動の担い手であるセイフティ・マン(安全管理者)の思想と行動に即して「安全第一」の意味を再構成することによって、この標語の原義が、現在わが国で使われている「安全第一」とは異なる思想に立脚するものであることを明らかにした。また、この作業を完遂するならば、人事管理運動の主要な担い手(セイフティ・マン)の思想と行動を解明することにつながる。
|
Strategy for Future Research Activity |
今後の研究は、次の二つの方向で進めていく。 第一は、人事管理運動の主要な構成要素である安全運動について、研究書の出版にこぎつけたい。目下、この運動の標語「安全第一」の起源を探る方向で、アメリカと日本の安全運動生成史を辿り直している。分析に際しては、「非神話化」という研究手続きをとる。巷間に流布している「安全第一」の起源物語はしょせん作り話とはいえ、一定の事実を核にして構成されており、その核の部分をすくい上げる。また、なにゆえに神話物語が作られたのかその存在理由を尋ねることにより、より深く安全運動の歴史を理解したい。 また、マネジメントの働きに着目する。アメリカの安全運動は管理運動として進展した点に特徴があり、運動の担い手は当時「セイフティ・マン」と呼ばれた安全管理者たちである。それゆえ分析に際しては、彼らの思想と行動に即して、「安全第一」というスローガンの果たした役割やこの標語に託された思いをすくい上げなければならない。彼らは、「安全第一」のスローガンを掲げることによって、人びとの行為をどのように作りかえようとしたのか、この標語によって何を伝達しようとしたのか、これらの問いに答える方向で「安全第一」の働きと言葉のもつ力を観察する。 第二は、人事管理生成史の総体把握を目ざして調査をすすめ、研究論文の公表につなげていく予定である。とくにインダストリアル・エンジニアリング運動について、1910年代に進展した「科学的管理」の読み替えという現象を実証的に再構成する。 なお、研究費の使途について見直しをすすめている。現下の世界史的な情況(新型コロナウィルスの蔓延)において、当初予定していた学会報告は実現の見通しが立たなくなった。それゆえ学会旅費として挙げていた予算を、研究備品(IT機器および書籍など)に用いることとする。
|
Research Products
(10 results)