2020 Fiscal Year Research-status Report
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19K01796
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Research Institution | Kyoto Sangyo University |
Principal Investigator |
上野 継義 京都産業大学, 経営学部, 教授 (00183749)
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Project Period (FY) |
2019-04-01 – 2022-03-31
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Keywords | 人事管理 / 安全運動 / 産業看護 / インダストリアル・エンジニアリング / 人間工学 / 安全第一 / 専門職業主義 |
Outline of Annual Research Achievements |
20世紀初頭アメリカにおける人事管理の生成という歴史現象を、この管理運動の担い手の思想と行動に即して、実証的に説明するのが本研究の目的である。 (1)人事管理運動の担い手はさまざまだが、本年は、安全運動の担い手であるセイフティ・マン(安全管理者)に着目して、彼らの思想と行動の特徴を明らかにした。彼らが企業内で災害防止活動を立ち上げる時に最も重視していたことは、経営のトップから安全運動への熱意を引きだすことであった。ひとたびそれに成功すれば、「安全第一」によって作業効率が落ちると信じているフォアマンを説得することも、彼らの下で働く労働者の協力を取りつけることも容易になるからである。このような考えを彼らは安全運動の創成物語に託して表現しており、1926年に出版された安全運動の論文集がその発表媒体となった。 (2)アメリカでは安全運動の成長に貢献した人に対して「安全第一の父」なる称号がジャーナリストらによって贈られてきた。そして「安全第一の父」をもっとも多く輩出したのが鉱山業である。その背後には鉱山業特有の事情があった。安全運動の大きな特徴のひとつは、鉄鋼業、農機具製造業、電機産業などに見られるように、独占的な大企業がいち早く災害防止活動にとりくみ、業界をリードしたことである。鉱山業もこの例にもれず、この業界で最初に「安全第一」の標語をとり入れた企業は、19世紀末葉に世界最大のコークス製造業者へと成長したH.C.フリック・コーク社である。だが、炭鉱業・コークス業にあっては、小規模企業が乱立しており、同社が業界全体を牽引することはできなかったし、金属鉱山業には影響力が及ばなかった。かくして、連邦鉱山局といった政府機関がその役割を果たすことになったのであり、この業界で「安全第一の父」の称号を得た3人のうち2人が鉱山局の官僚で占められた理由もこの点にあった。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
2020年度は、論文2篇、学会報告批判文1篇、書評1篇を公表した。安全運動史の再構成と専門職業主義の問題性の考察、この二つの方向で成果をまとめた。以下のとおりである。 (1)安全運動史の再構成について、3つの論文を執筆し、そのうち2篇を公表することができた。第一は、安全運動の標語として一世を風靡した「安全第一」のスローガンについて、その起源を明らかにしたものである。この論説はアメリカ経済史学会の学会誌に投稿しており、査読にまわされている。第二は、アメリカ鉱山業において「安全第一の父」と慕われている人たちについて考察し、人びとの記憶がどのようにして構築されてきたのかを明らかにした。第三は、わが国で広く信じられている「安全第一」の起源物語のひとつ「ゲーリー判事の人道主義物語」について、その歴史的起源を批判的に考察したものである。アメリカに学んで開始されたわが国安全運動の立ち遅れがこの物語に表現されていることを明らかにした。 (2)専門職業主義の問題性について一文を草した。私たちの身の回りには専門家と呼ばれる人がたくさんいる。それぞれの専門領域において問題解決に従事している人たちだ。その専門知によって社会に貢献していると一般的には言ってよいが、まことに逆説的ながら、専門家に問題への対処をゆだねることによって、かえって解決から遠ざかるという事例もまたよく知られている。その理由はさまざまだが、専門知、いわゆる「科学」の働きに着目する一連の研究がある。このたびの歴史学研究会全国大会の近代史部会は、まさしくこのテーマを取りあげており、私は以上のような年来の問題関心から参加したところ、部会の組織委員から「報告批判」を求められ、この要求に応えた。提出原稿の再校は終了しており、出版を待つばかりである。文章量はささやかなものだが、年来の問題関心を活字化することができた。
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Strategy for Future Research Activity |
今後の研究は、次の二つの方向で進めていく。 第一は、人事管理運動の主要な構成要素のひとつである安全運動について、今年度に引き続き、個別論文を積みあげて、研究書の出版にこぎつけたい。2020年度の研究によって得られた知見の一つは、組織的な安全運動の標語「安全第一」がアメリカと日本とで異なる意味で用いられるようになったことである。目下、その原因を探る方向でアメリカと日本の安全運動生成史を辿り直している。 分析に際しては、安全運動の担い手が、アメリカと日本とで大きく異なる点に着目する。アメリカでは、セイフティ・マンや労使関係管理者など、企業内部の人たちが運動の主体であり、彼らが全国安全協議会の中心メンバーとなった。これに対して日本の場合は、内務省社会局の官僚、産業福利協会の指導者、工場監督官、厚生技師、産業衛生分野の大学教授、工場法の改革論者が運動の主体であり、安全衛生管理者や労務担当者など企業内部の人たちの力は限られていた。史料としては、全国安全協議会主催の安全大会議事録、産業福利協会の機関誌『産業福利』、工場監督官年報を網羅的に調査する。 第二は、人事管理生成史の総体把握を目ざして調査をすすめ、研究論文の公表につなげたいと考えている。とくに人事管理運動の動向におおきな影響を及ぼした雇用管理運動と労使関係管理運動について、両者の協調と対抗の関係を軸に再構成する。その際、労使関係管理運動の中心的な担い手であるセイフティ・マンの働きを重点的に分析する。 なお、研究費の使途について見直しをすすめている。現下の世界史的な情況下(新型コロナウィルスの蔓延)において、当初予定していた学会報告はすべてオンラインに移行することとなった。それゆえ学会旅費として挙げていた予算を、研究備品(おもに人事管理分野の資料と大正年間から昭和初期に刊行された安全管理文献)の購入にあてることとする。
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Research Products
(8 results)