2019 Fiscal Year Research-status Report
コンプライアンスの制度疲労による「実効性」の喪失と行動倫理学の理論化
Project/Area Number |
19K01883
|
Research Institution | Saitama University |
Principal Investigator |
水村 典弘 埼玉大学, 人文社会科学研究科, 教授 (50375581)
|
Project Period (FY) |
2019-04-01 – 2022-03-31
|
Keywords | 企業不祥事 / TDnet(適時開示情報伝達システム) / 不適切会計 / 資産の不正流用 / 不適切検査 / 開示規制違反 / 不正の影響額 |
Outline of Annual Research Achievements |
本研究の第1年度は、2016年3月期から2020年3月期を対象期間として、会社がTDnet(適時開示情報伝達システム)を通して公開した不正・不適切事案の詳細を理論的・実証的に検討した。本年度中の研究実績の概要は、以下の4点である。
第1に、TDnet上の公開情報を基に、「現場で働く社員がなぜ不正を働くのか」について理論的に検討するととともに、コンプライアンス研修が社員に「やらされ感」を生む要因を抽出した。第2に、日本企業の海外駐在員へのヒアリング調査を経て、コンプライアンス課題に直面した社員がどのようにして課題を乗り超えているのかについての知見を得られた。第3に、TDnet上の資料を基に、「どこで不正が行われたのか」「誰が不正を働いたのか」「不正の実行期間」「不正の発覚経路」「損益影響額」を明らかにした。第4に、公正取引委員会が公表した資料を基に、「独占禁止法違反の内容と発生件数」「課徴金減免制度の適用の有無」「課徴金の額」を明らかにした。また、消費者庁が公表した資料を基に、「違反企業の資本金額」「景品表示法違反の内容と発生件数」「行政処分の内容と件数」「課徴金の額」を明らかにした。
本年度中の研究の意義と重要性は、企業不正の実態を浮き彫りにしただけでなく、不正の発生事実が当事企業の業績に与える影響を明らかにしたことである。本研究の試算によれば、企業不正が財務諸表に与える影響額は、4445億6782万9667円(内訳:TDnet上の資料に明記された不正等の影響額[3304億4827万4667円]、開示規制違反に係る課徴金の額[123億9519万5000円]、独占禁止法違反に係る課徴金の額[999億1452万円]、景品表示法違反に係る課徴金の額[18億984万円])で、法令違反の事実が当事企業の業績に与える影響が「軽微」だとされる現実を裏付けるものである。
|
Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
本研究の第1年度については、コンプライアンス研修に参加する社員が「やらされ感」を抱く原因として、ノウルズ(2015)が提示した「アンドラゴジー:(成人学習者を対象とした)学習の原則」を基に、「当の本人が研修を受講する必要性を感じない」「「何のために研修を受けるのか」を当人が意識化できない」「研修のコンテンツと学習者(=社員)本人の経験との擦り合わせが不十分」「心の準備ができていない」「学びを実地で活かせない」「学びのモチベーションを保てない」に整理できた。次いで、日本企業で実際に起きた不正・不適切事案の詳細を見える化したことで、日本における企業不正の実態を浮き彫りにすることができた。特に、会社がTDnet上で公開した情報と、規制当局が公表した情報とを照合することによって、法令等違反の発生事実の全てがTDnetを通して公表されない事実も明らかにできた。
|
Strategy for Future Research Activity |
今後は、本研究の第1年度に収集したデータの解析を進めるとともに、コンプライアンス研修に抱く社員の感覚を明らかにするためのアンケート調査の質問項目等を具体的に検討する。2020年度は、以下の作業に重点を置く予定である。
第1に、2016年3月期から2020年3月期を対象期間として、公正取引委員会と消費者庁以外の規制当局が摘発した「企業による違法行為」の詳細を明らかにする。併せて、違法行為の発生事実についてTDnet等で適時開示が行われているか否かについても検討する。第2に、新型コロナウイルスの終息時期以後にマクロミル社の学術調査(アカデミック調査)を利用して実施予定のアンケート調査の質問項目等を具体的に検討する。第3に、本研究の第1年度に引き続き、「倫理的意思決定(EDM)プロセス」に関する先行研究と「行動意思決定論」「行動倫理学」に関わる先行研究の網羅的なサーベイを行う。特に、本研究の核心部分に位置する先行研究の鳥観図を描くことを目標とする。
|
Causes of Carryover |
日本企業におけるコンプライアンスの実態調査を実施する上で必要不可欠な海外駐在員へのヒアリングが可能になったため。
|