2020 Fiscal Year Research-status Report
天皇実写映画の上映・鑑賞様式に関する歴史社会学的研究
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19K02041
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Research Institution | Yamaguchi University |
Principal Investigator |
右田 裕規 山口大学, 時間学研究所, 准教授 (60566397)
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Project Period (FY) |
2019-04-01 – 2022-03-31
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Keywords | ナショナリズム |
Outline of Annual Research Achievements |
2020年度も、2019年度に引き続いて、複製媒体産業の成長とナショナリズム編成の相関についての研究史の精査を通して本研究の解釈枠組みの精緻化を進めながら、20世紀日本社会での天皇実写映画の流通状況と、それらに対する同時代人たちの鑑賞態度に関連した資料収集を進めた。とりわけ2020年度の研究活動の中心としたのは、研究史を批判的に整理する作業である。ホブズボウムらの「伝統の発明」論を枠組みとした研究系列と、アンダーソンの「想像の共同体」論を枠組みとした研究系列とが、「大量複製媒体とナショナリズムは歴史的ないし論理的にどう結びあっているとかんがえられるか」という問題系について、それぞれどのような論理を組み立て応答を行ってきたのか、またそれらの応答がどのような制約を含んでいるのか、という点について、近代複製技術についての文化論的な知見群との整合性という視点から検討を行った。より具体的には、1)技術的複製を媒介した出来事体験の社会的ひろがりが、当該の出来事そのものを商品として消費する態度のひろがりと同義的な事態として理解できること、2)この態度のひろがりは、個々の出来事の特別で固有の時間性が剥落する事態へと論理的・経験的に帰結するとかんがえられること、3)とりわけ映画媒体では被写体固有の時間性の剥落が顕著に発現すること、の3点が、複製技術論の領域では一定の諒解事項となっている点を確認した上で、1)この文化論的知見との整合性という点において「想像の共同体」論の理論的な優位性・妥当性が認められること、2)ただしいっぽうで「想像の共同体」論が、この複製技術論の知見を踏襲したがゆえに、理論的な困難を抱えることになった点について、君主制ナショナリズムと映画媒体の結びつきについての内外研究群の動向と重ねあわせながら検討を行い、またその成果の一部を単著内で発表した。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
本研究の目的は、近代日本社会での映画媒体産業特にニュース映画産業の発達が、君主一族をシンボルとしたナショナル・アイデンティティ編成にとってどのような契機を構成したのか、という問いについて、複製技術論の知見を参照項としつつ再考・応答することにある。2020年度の研究活動では、とりわけ近代複製技術一般とナショナリズム形成の結びつきを扱った代表的な2つの研究系列を比較考量する作業を通じて、前年度の研究活動で断片的に把捉した、20世紀前半からの映画メディアを媒介した天皇体験のひろがりが、被写体となった出来事(たとえば行幸、即位式、結婚式など)の固有の時間性を人びとが捨象・閑却する事態、いいかえると君主一族の諸々の出来事の国民的な文脈性や意義が集合的に閑却される事態へと帰結した可能性が、理論的にもある程度妥当な見立てとして成立しうることについて一定の確証が得られた。また、同時代の人びとの天皇映画鑑賞のありかたについては、村落社会での皇室映画体験についての資料群から、かれらが天皇映画を礼拝的対象として扱っていたこと、つまり、きわめて「国体」順応的な態度で天皇実写映画を鑑賞していたことについての検討を進め、(脱帽儀礼のサボタージュに代表される)都市市民の間での「不敬」な皇室映画鑑賞のありかたが、技術的複製と都市市民の密接で日常的な接触から導出されていたとかんがえられること(複製の対象を刹那的な消費の対象として定位する視線の持ち主へと都市市民が馴致されていたことの帰結として、かれらの「不敬」な皇室映画の鑑賞態度は理解できること)についての、補完的な知見を得ることができた。皇室のニュース映画・映像が、20世紀の人びとの民族的アイデンティティ編成とどうかかわりあってきたのか、時系列的な変遷を含めて検討するにはまだ充分な資料と視点を整えられていないが、以上から本研究は概ね順調に進んでいると考える。
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Strategy for Future Research Activity |
今後の推進方策としては、とくに次の2点を中心に、理論的な考察と資料収集を進めることを予定している。第1には、天皇実写映画の上映・鑑賞様式の時系列的な変化について、歴史資料群に即しながら具体的に把捉することである。1940年代を境界とした、20世紀前半と、20世紀後半の状況が、多分に重なりあうことについては、これまでの研究活動である程度つかむことができている。つまり、皇室のニュース映画を、(国家への迎合的な意図から製作・上映するのでなく)どこまでも観衆を惹きつける重要な商品と見なし大量に製作・上映する映画産業の動向と、それらを一般の娯楽映画と同質的な対象として眺める観衆の動向は、20世紀はじめから20世紀半ばまで一貫して見られたものだった。ただし、他面では、20世紀前半と20世紀後半を比較した場合、天皇映画(映像)の製作・上映・鑑賞のありかたには異なる場面も数多く存在している。たとえば、1950年代以後のテレビ媒体産業の勃興と相伴して、「茶の間」で天皇家の映像が観覧されはじめること、60年代には(元)皇族が通常の番組プログラムに頻繁に露出し、高い視聴率を獲得する事態も部分的にあらわれていたこと、終戦直後のニュース映画に登場した天皇のイメージが、民族の零落の表徴となって観衆から感受されていたこと、等々は、あきらかに20世紀前半には見られなかった現象であるのと同時に、映画媒体と君主制ナショナリズムの結びつきとその変ぼうの過程を再検討する上で、重要な示唆を含んでいると思われる。最終年度となる2021年度の研究活動では、上述のような時系列的な変化にとくに着目しながら、天皇家の出来事を商品化する映画産業・映像産業の経済運動が、天皇制ナショナリズム形成とどう結びあっていたか、という問いについて、より掘り下げた応答を行うことが目指される。
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Causes of Carryover |
2020年度の研究活動では、内外の研究史の検討から、本研究の解釈枠組みをより精緻化する作業を中心に行った。この作業を進めるにあたっては、本務校の図書館が豊富な資料を所蔵していたため、文献購入による補完的な資料収集で充分な資料を整えることができた。そのため、学外での資料調査のための費用を計上した「旅費」と、調査旅行時の文献複写費を計上した「その他」で大幅な繰り越し分が生じることになった。最終年度にあたる2021年度では、特に国立映画アーカイブや国立国会図書館など本務校外での資料収集を進めるのと同時に、関連文献の批判的検討をとおして本研究のこれまでの成果を理論的に整理する作業を中心に行う予定である。そのため、文献購入のための物品費並びに資料収集のための旅費に重点的な配分を行う。
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Research Products
(2 results)