2022 Fiscal Year Research-status Report
越境する労働市場の形成ーアジアにおける人材業者の役割についての経済社会学的研究
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19K02111
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Research Institution | Sophia University |
Principal Investigator |
今井 順 上智大学, 総合人間科学部, 教授 (30545653)
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Project Period (FY) |
2019-04-01 – 2024-03-31
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Keywords | 人材業者 / 労働力 / アジア / 規範 |
Outline of Annual Research Achievements |
ここまで、日本ベースの人材業者の活動を、その歴史を含め現況を調査し、人材業者の活動が活発な領域における直接投資や人の移動の動向について、確認作業を行った。その結果、日本ベースの人材業者は、日本企業の海外進出の波に乗る形でアジア各国に展開していることが確認できた。近年最も影響が大きかったのは東日本大震災で、震災によってサプライチェーンの災害脆弱性が露となった製造業で、大企業のみならず、中小まで含めたサプライチェーン全体で海外展開する必要に迫られていた。人材業者はこの流れに乗る形でアジアへの(再)進出を果たしていた。 そこでの活動は、言語をベースとした日本文化への適応によって労働者の選別・能力開発を行うなどの特徴があり、独自の労働市場を構築している可能性が指摘できた。ベトナムなどにおいて、日本語専攻学生を囲い込み技術を教えると同時に、日本企業の職場文化を習得させるなどのプログラムが開発されていた。こうした囲い込みと教育は、人材業者にとってはその営業力の強化であると同時に、労働市場の形成という意味では、そこで流通する労働力に期待される能力定義を模索、制度化する過程でもあると言える。 ここまでの成果について、昨年度、上智大学社会学論集に英語論文として発表した。 二年目・三年目はコロナ禍で実際の調査が停滞せざるを得ず、机上で行える調査として、アジアにおける労働移動規範の広がりを明確にする方向性を考えた。労働移動に係るILO条約の国ごとの批准状況から、国家間の規範の濃淡を明らかにしようとするものである。人の移動に係る要素が多岐にわたる条文の中に見出せることが分かったと同時に、それぞれの条文の成立背景をあらためて精査する必要ができた。現在は、EUなど域内の労働移動を自由化した事例を考察し、それを可能にした法規範の背後に重要な法思想の発展があることについて理解を深めているところである。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
3: Progress in research has been slightly delayed.
Reason
プロジェクトの2年目・3年目において、数次にわたる緊急事態宣言の発令など、コロナ禍の影響を大きく受けざるを得なかった。人の移動が国境を越えているという研究関心であるにもかかわらず、調査についてはかなりの限定を設けざるを得ず、コロナ禍当初は日本国内における調査に専念しようという方向転換を考えた。しかし、実際には国内での事業者調査もままならない状況に陥り、基本的には進捗が止まってしまった。 その段階でもう一つのオルタナティブな方向性として考えたのが、労働者の国際移動に対するアジア諸国の対応について、ILOの条約に対する態度で測り、各国間の移動にどの程度濃厚な移動規範が存在しているのかを明示する方向性であった。こちらの方向性については、ILOという組織の役割についてあらためて整理する作業と、実際の条約についてアジア各国の批准状況についてのデータセットを作成する作業が存在する。前者については、十分とは言えないまでも若干の進捗があったが、後者については条約批准状況の意味を特定する必要があることが分かり、その方法を模索する段階でまたやや頓挫してしまった。各国政労使がILO総会でどのような投票をしたのか精査することでこれが理解できると考えていたが、EUなど域内の労働移動を自由化した事例を考察すると、人の移動とその保護にかかわる法規範の背後に、重要な法思想の発展があることに気づいた。現在はその点について理解を深めているところである。 当初予定を変更せざるを得なかったことから相変わらず遅れてはいるが、一昨年度に比べれば、具体的な進捗がみられる状況になっている。
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Strategy for Future Research Activity |
国際労働移動に関する研究は欧米においてそれなりに進展があり、経済社会学的な観点から書かれた文献は増えている。昨年来こうした文献へのサーベイは鋭意行っているが、これは引き続き行っていきたい。特に、「時間」の役割を考慮した、資本主義的の社会学的検討を行ったJ. Beckert(2016)の議論では、将来を構想することの重要性が強調されており、援用すべき議論だとの認識に至った。これは人材業者(やその他事業者)の持つ「新しい市場を構想する」能力に光を当てるもので、昨年公刊したImai (2022)で十分に議論できなかった資料や気づきについて、再検討を可能にするものと考えている。 また、アジアにおける労働移動規範をILO条約への批准状況で確認する作業については、昨年指摘した課題に基づく作業から、あらためて次の2点が課題となっている。1)人の移動に係る条文がかなり多くの条約の中に散らばっていることが確認できており、それぞれがどのようなパターンの移動と関わっているのか整理しなければいけないこと、2)国境を超える人の移動を支える法規範には国内法とは異なる法思想が埋め込まれている可能性があり、それを整理する必要があること、である。 以上、コロナ禍以降方向転換を余儀なくされたプロジェクトではあるが、これまでの収集資料を再検討する必要ができたことと法社会学的なプロジェクトが整理できつつあることで、最終年度の方向性が見えていると考えている。
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Causes of Carryover |
海外渡航費が未使用であるため。学会発表のほか、海外文献購入等で、経費が掛かる予定である。
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