2021 Fiscal Year Research-status Report
中等国語科文学教育における「語り手」概念の導入と展開、発展の道筋の解明
Project/Area Number |
19K02811
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Research Institution | University of Yamanashi |
Principal Investigator |
齋藤 知也 山梨大学, 大学院総合研究部, 教授 (70781110)
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Project Period (FY) |
2019-04-01 – 2023-03-31
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Keywords | 中等国語科教育 / 文学教育 / 語り手 / 他者 / 主体 |
Outline of Annual Research Achievements |
本研究は、中等国語科文学教育において、「語り」論及びそれと連動する「他者」論が、身につけるべき資質・能力とどう関わり合うのか、またそのためにどのような教材研究や授業実践が求められるのか、解明することを目的として開始されたものである。 計画では、「語り手」をどのように生徒に意識させるかを導入段階、「語り手」に着目することで、生徒に既存の認識や理解の枠組みを超える「他者」の問題をいかに意識させていくかを展開段階、「語り」や「他者」の問題を国語科だけでなく、他教科の学習や生活認識、更には世界認識、自己認識する力にどう繋げていくかを発展段階として捉え、順次明らかにするという構想であった。しかし研究を進める過程で、「語り」と「他者」の問題を「導入」「展開」「発展」と切り離さずに、「語り手」という概念を意識させることと、既存の認識や理解の枠組みを超える「他者」の問題が立ち上がることを一体のものとして、単元構想や授業のあり方について探究する方が現実的であることが明らかになった。また、「言葉とは何か」「対象を捉えるとはどういうことか」を考えさせる評論や随筆、詩を教材化し、小説を読む授業と連動させることの有効性を発見した。更に、教育哲学の領域において、「他者」からの呼びかけに対する応答責任や応答可能性のなかに、生徒の既存のアイデンティティではなく、主体性の倫理という問題が顕在化するという問題提起があることに着目し、本研究における問題意識との相関関係について考える視点を獲得した。 そのため2021年度は、研究上で得た観点の上にたって、自身が現職の教員であったときの高校の小説教材を用いた実践の省察を通して、「語り」と「他者」の理論が、文学教材の価値の追求にいかに関わり、かつそのことが生徒の既存の主体ではなく、主体の創造という教育上の課題にどのように関わるのかについて、探究を行った。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
4: Progress in research has been delayed.
Reason
これまでの研究のなかで、「語り」と「他者」の問題を一体のものとして捉える必要性や、小説教材だけではなく、「言葉とは何か」「対象を捉えるとはどういうことか」「語るとはどういうことか」を考えさせることができる評論や随筆、詩を教材化し、関連して扱うことで、生徒に認識を獲得させることができることが、明らかになった。また、教育哲学の領域に、本研究の問題意識に繋がる可能性が感じられる研究があることをを知り、その関連について考察する視野を得た。しかし、当初の計画との関係では、以下の三つの理由により遅れている。 第一に、教育現場においては、本来概念装置でなければならないはずの「他者」が実体化されて捉えがちであり、その問題を克服する必要がある。具体的には、あらかじめ想定された一つの読みに収斂させるためのものになってしまうのではないかという誤解が残存しており、それに対する分かりやすい説明が求められている。そのために、教育哲学の領域における議論も視野にいれながら、緻密な原理論、実践論を構築するための時間を必要としている。 第二に、研究開始初年度の終わりから現在に至るまで、新型コロナウイルス感染症の問題が学校教育現場に大きな影響を与え続けており、調査研究を困難にしている。 第三に、中等国語科教育は中学校及び高校をその範囲としているが、中学校の分野での研究に、時間をかける必要が生じている。中学において「語り手」や「他者」を問題化させるためには、小学校までの文学教育でそのことが十分にふまえられてはいない状況を視野に入れつつ、特に中学校一年生の段階において、教師からの提示の方法について考察する必要がある。 以上の理由により、研究計画について必要な修正を加えつつ、研究を継続している。
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Strategy for Future Research Activity |
授業実践において、概念でなければならない「他者」が実体化され、あらかじめ想定された読みに生徒を誘導していくことになってしまうのではという誤解に対して、教育哲学の領域における主体をめぐる問題系も視野に入れながら、そのような誤りを克服する道について明らかにしていく。 新型コロナウイルス感染症の問題がいまもなお現場に深刻な影響を与え続けていることへの対応は簡単ではないが、自身が現職教員として勤務していたときの授業実践について当時の同僚の協力を得て省察することが、本研究に有効な実践研究として位置づけられることが見えてきているため、そのことも継続していく。 中学校の文学教育については、特に一年生の段階において、生徒が「語り」の問題を意識できるようになるための教師からの提示の方法について研究を行っていく。その際、小学校六年生の段階における文学教育の到達点や課題をふまえつつ、中学校一年生で扱われている小説教材以外の「読むこと」の教材とも連動させながら、対象の捉え方を新たにさせる授業の在り方を探究していく。高等学校の文学教育については、今年度から新しい高校教科書の使用が始まったため、教科書の学習の手引きや教材全体の読まれ方について引き続き考察していく。
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Causes of Carryover |
研究の過程で明らかになった、実践における「他者」の概念の実体化という課題を克服するための基礎的、原理的研究に時間を必要としていること、新型コロナウイルス感染症の問題が続いていることのため、研究が当初計画していた通りには進まず、次年度使用額が生じた。 今後の使用計画としては、今年度から新しい高校教科書の使用が始まったため、学習の手引きや、教材全体の読まれ方の検討という観点から、教師用指導書をいくつか購入する必要がある。また「他者」を実体化してしまう傾向の克服や、教育哲学の領域における他者論との関係について明らかにするために、文学、教育学、哲学、現代思想についての専門書を必要としている。 新型コロナウイルス感染症の問題は現場に影響を与え続けているために、新たな実践研究を継続的に行うことは容易ではない。その代わりに、現職教員として授業をしていたときの実践について、当時の同僚の協力を得て省察を行い、本研究のなかに位置付けることができるようになってきており、そのために必要な支出にもあてていきたい。
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