2022 Fiscal Year Research-status Report
中等国語科文学教育における「語り手」概念の導入と展開、発展の道筋の解明
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19K02811
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Research Institution | University of Yamanashi |
Principal Investigator |
齋藤 知也 山梨大学, 大学院総合研究部, 教授 (70781110)
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Project Period (FY) |
2019-04-01 – 2024-03-31
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Keywords | 中等国語科教育 / 文学教育 / 語り / 他者 |
Outline of Annual Research Achievements |
本研究の目的は、中等国語科における文学教育が、生徒に必要な資質・能力にいかに寄与するかを解明することである。とりわけ、「他者」論及び「語り」論を生かした文学教育が、求められる資質・能力の育成とどう関わり合うのか、またどのような教材研究や授業実践が求められるのかを明らかにすることを目指して開始した。 計画では、「語り手」を生徒に意識させる導入段階、「語り手」と登場人物の相関を問題にすることで、既存の認識や理解の枠組みを超える「他者」の問題を発見させる展開段階、他教科の学習や生活認識、世界認識、自己認識する力にも繋げていく発展段階と分けて、その過程を探究する予定であったが、研究を進めるなかで、段階論的に分けるのではなく、「語り手」という概念をいかに意識させ、既存の認識や理解の枠組みを超える「他者」の問題がどう立ち上がってくるかを一体のものとして捉える方が望ましいことが明らかになった。また、小説だけではなく、「言葉とは何か」「対象を捉えるとはどういうことか」を考えさせる小説以外の教材を生かし、小説を読む授業と連動させるという観点を得た。また、教育哲学の領域において、「他者」からの呼びかけに対する応答責任や応答可能性のなかに主体性の倫理という問題が顕在化するという問題提起があることを発見し、本研究の問題意識との関係を考察するようになった。更に、〈語り〉と〈他者〉の問題を中等段階だけではなく、初等段階においても考察する必要性を改めて考えるようになった。 2022年度は、中学一年生で扱われる随筆教材を〈語り〉に着目して読ませることで、小説の〈語り〉について生徒が自ら探究することに繋げていく過程について探究すると共に、小学校六年生で扱われる文学教材の〈語り〉に着目することでひらかれていく「他者」の領域について明らかにすることで、小学校六年生から中学校一年生の時期における実践を焦点化した。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
4: Progress in research has been delayed.
Reason
「語り」と「他者」の問題について、小説教材だけではなく、随筆の教材についても「言葉とは何か」「対象を捉えるとはどういうことか」を考えさせることによって、小説教材の授業と連動させて考えさせることができる可能性を発見し、中学校一年生を対象とした授業の在り方として考えることができたこと、また小学校六年生で扱われる小説の教材研究と授業構想を「語り」と「他者」の問題に着目して行うことができたことは、初等と中等を繋げていくという観点において、2022年度の成果であったと考えている。 しかし、以下の二つの理由により、当初の計画より遅れている。 一つ目は、「語り」と「他者」の問題を学校における文学教育に生かす上で考察しなければならない問題が、研究の過程で見えてきたことである。例えば、概念装置でなければならない「他者」が実体化されてしまう傾向があり、それを克服するための理論的な考察が必要になったことである。またそれと連動するが、自らの対象の捉え方を問い直し続けることの有効性は明らかであるものの、それが強迫的なものではなく、深い意味での自己肯定感を育む教育であることを説得的に示すことが、教育実践という性質上からも必要になってきた。そのためには、相対主義の克服というベクトルと読むことにおける複数性との関係をどのように捉えるかについての探究を研究の中に組み入れることが求められ、この課題にアプローチするためには原理的な考察のための時間を要している。 二つ目に、研究開始初年度の終わりから新型コロナウイルス感染症の問題が学校教育現場に大きな影響を与え続けたため、当初の計画を変更せざるを得なくなったということがある。 以上の理由により、計画について必要な修正を加えつつ、研究を継続しているところである。
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Strategy for Future Research Activity |
相対主義の克服と読むことにおける複数性との関係をどう捉えるかという問題については、原理的な考察を進めていく。特に授業実践において、概念でなければならない「他者」が実体化され、あらかじめ想定された読みに生徒を誘導していくことになってしまうのではないかという誤解に対して、教育哲学・思想の領域における主体をめぐる問題系も視野に入れながら、そのような誤りを克服する道について明らかにしていく。 具体的な文学教材についての教材研究と授業構想については、自身が現職教員として勤務していたときの授業実践について当時の同僚の協力を得て省察することが、本研究に有効であることが明らかになってきたため、継続していく。また、2023年度に小学校六年生と中学一年生の段階についての「語り」に着目した授業の在り方を提起することができたので、それを足がかりにした研究を続けていく。高等学校においては、昨年度から新しい高校教科書の使用が始まり、今年度からは文学国語の実情も見えてくると思われるので、新しい教材も含めた研究を行いたい。
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Causes of Carryover |
実践における「他者」の概念の実体化という課題を乗りこえるための基礎的研究や、相対主義の克服と複数性との関係をどう捉えるかという原理的研究に時間を必要としていること、また研究初年度から新型コロナウイルス感染症の問題が続いていたことなどの理由から、当初の予定通りには研究が進まず、次年度使用額が生じている。 今後の使用計画としては、上述した基礎的・原理的研究のために、文学、教育学、哲学、現代思想についての専門書を引き続き購入していく必要がある。また、高等学校で新学習指導要領に基づく新しい教科書の使用が昨年度からはじまっているので、特に「文学国語」を中心として、教材の扱われ方や学習の手引きを検討するために、教科書や指導書を購入することにも使用していきたい。また、自らが現職教員であったときの実践について多角的に検討するため、元の同僚であった教員との共同研究において必要とする経費としても考えている。
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